第15話

 姉貴は早々と家を出て行くくらいだし、親父に対しても鬱陶しい存在だとは思っていても理解しようとはしていなかった。それでも、それくらいの注意力はあってもいいと思うのだが、興味のないことはとことん興味なしで貫く姉貴だからわからなくて当然かもしれない。ある意味羨ましい性格でもある。

 俺がこの部屋の存在を見つけたのは俺が親父の弱みを握ろうと思ってやったこと。つまり、そこまで親父に関心をもたなければ気づかないことなのかもしれない。

 本棚にカモフラージュされた扉をくぐって中に入れば、そこは俺達が日常見ている親父ではない親父の空間が広がっている。

 頭が悪くなるから漫画など読むものじゃない、読むなら活字を読めとうるさかった親父だが、この部屋には無数の漫画が存在し、テレビを見るときは禁止されていたアニメのDVDも山積みだ。当然、男の親父も居て、如何わしいと眉を潜めていた親父とは思えないほど、様々な如何わしい媒体が存在している。

「あらあら、言葉とは裏腹に興味持ちまくりじゃない」

「凄いだろ? 俺も初めてみた時は驚きよりも呆れたよ」

「親父様が巨乳好きとは知らなかったわ。人が来たら困るっていうのはこういうことだったのかしら?」

「そういうこともあるだろうね。どちらにしても知られたくないことだったんだろ」

「あんた、こんなものすごい弱みを握っていたのだったら色々使えばよかったのに」

 姉貴は酷く悪い顔をしながら俺にそう言った。

 確かに姉貴なら、即座にこの弱みを使っただろう。せっかくの弱み、どうせ使うなら小さなことではなく大きなことで使いたいと思っていた。でも俺にはこれといってこの弱みを使うほどのことが今まで起こらなかった。

 飯は食わせてもらえているし、小言を言われるのにももう慣れて右から左へ通過させるのは朝飯前、どうしても会社を継ぎたいわけでもない。だから俺は、「いつか」のためにとっておくことにしたのだ。

 そうして「いつか」を楽しみにしながら、その「いつか」が何時なのか自分でも全くわからないまま、親父は存在自体が消えてしまった。

 まるで子供のように好きなものを好き勝手に散らかしたままの部屋を見て、姉貴はため息をつく。

「ほんと、改めて、こういう大人には成りたくないって思ったわ」

 部屋を見回して、男の性を表しているかのようないかがわしさ満点の山を蹴り飛ばした姉貴。

「乱暴だな。親父の大事な大事なコレクションなのに」

「あら、今となってはただの塵芥でしょ。全く好きなら好きでそういえばいいのよ。偉そうにしておいてこれだもの。反吐が出るわ」

「ま、男として、父としては隠しておきたかったんじゃない?」

「バッカねぇ、これくらいのことでギャーギャー言っていたら男と付き合えないじゃない。男は本能で動くものよ、それでもちゃんと社会が回っているのは女という理性があるから。今更男の本性見た所でそれが何って感じ。恥ずかしがっている女がいたら演技だと思ったほうがいいわよ。そう言うのに限って理性より本能の方が大きかったりするのだから。それとも何、次はこれ、あんたのコレクションになる予定だったの?」

「それはないね、俺は巨乳好きじゃないし、全部俺の趣味から外れるから」

「あら、そうなの。そうね、あんたは巨乳っていうより美乳好きって感じよね」

 姉貴はこういう話になると途端に生き生きし、本当に女なのかと疑いたくなってくる。

「でもホント、うちの親父様は馬鹿ね。隠さずに自分らしくいれば人生もっと楽しかったのに」

 くすくすと笑いながら姉貴は言ったが、俺は親父は親父で十分人生を謳歌していたと思っていたので同意はしなかった。隠し事、しかもこんなふうに隠れてやることは男にとってかなりの楽しみになる。この部屋こそが親父の楽しさの根源で、ストレス解消法のひとつだったのかもしれない。

 姉貴が蹴飛ばし散らかった物を少々整えていれば、呆れたような眼差しを俺に送りながら姉貴は早く車の鍵を渡せと催促してきた。一瞬、自分で探せと言いかけて言葉を飲み込む。このがさつな姉貴に見つけられるはずがないと思ったからだ。自分で探せといえば再び部屋を荒らしまわり、必要以上にここに滞在することになる。俺としては一刻もはやく出て行って欲しい。

 俺は部屋の中央に向かい、菱型模様をしたフローリングの床を踵で軽く蹴った。すると留め具が外れた床は跳ね上がって開き、その場所から鍵を取り出し驚く姉貴に渡す。

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