第13話

「あんたみたいな奴もいるし、皆必死で選択しているからそうそう間違いなんてしないでしょうし、このシステムの次の段階に行くのはまだまだ先になりそうよね」

 姉貴の言葉に確かにそうだと頷きながら俺ははっとする。

 時間がかかるということはそれだけ姉貴があの家に滞在するということ。胸の奥からすべての空気を吐き出すような大きなため息を付いた。そんな俺に気付いた姉貴は、小さく舌を鳴らす。

「ほんと、いつまで経っても嫌な子ね」

 そうは言っても、今のようにちょっとした俺の態度で全てを把握されてしまうような姉貴が側に居れば、どんな人物だろうとこうなるはずだ。俺の二度目のため息で思ったことをすぐに読み取る姉貴は少しふて腐れるように、じっとりとした視線を俺に向ける。

「心配しなくてもすぐに出てくわよ」

「本当だろうな」

「嘘はつかないわよ。私は別にあんたの生存を確認しにわけじゃないもの」

 そう言われて、ほっと胸をなでおろせば姉貴にひどく足を蹴られ思わず立ち止まってうずくまった。昔から、他の連中、もちろん両親にもいい子で通っていた姉貴だが、俺に対してだけは暴力的で高圧的。苦手にならないほうがおかしい。

「私はね、親父様のキャンピングカーを貰いに来たの。あんたなら鍵の場所も、車の場所も知っているでしょ?」

 親父は厳格で休みになれば書斎にこもっていそうな風貌をしていたが、実はアウトドアが趣味だった。

 俺は親父とは全く逆。アウトドアなど絶対にやりたくなかったし、どうして好き好んで森に入って不便な生活をしなければならないのかと不思議に思うほど。姉貴は両親の前では文武両道の大和撫子を気取っていたから、

「虫が怖いけれど、お父様が言うなら私頑張ります」

 なんて、聞いているこっちが鳥肌ものの言い方をし、それを聞いた親父は、

「無理をするな、気持ちだけで父さんは嬉しいぞ」

 と、ものの見事に騙されてしまっていた。

 親父の頭のなかに母親を連れて行くという選択肢は元から無い。俺もまだ生まれていない頃に一度連れて行って散々だったといつも話していた。だからこそ、俺に対しての親父の風当たりは強い。インドアな俺の姿を見るたびに口から出てくるのは文句ばかり。

「せっかく男の子ができたというのに」

「男のくせにまた家の中か。お前のような奴が居るから会社も困るのだ。最近の連中は入社してもすぐに辞める。根性が無いんだよ根性が」

 アウトドアをするのと根性、一体何のつながりがあるのかと何度も思った。

 それでも小さい頃はあの横暴な親父の言う通りにしなければという強迫観念で、我慢してついていく。しかし、行ったら行ったで小言の応酬。

 更に必ず親父にひっつくように現れるのが佐伯のおじさんとその息子だった。佐伯はうちの遠縁でもある。故にいずれは自分の息子を! という気持ちが少なからず会ったようだ。それに、おじさんは揉め事が嫌いで母親のようにいつも親父の言う通りに動いて甲斐甲斐しく世話をしていた。

 おじさんについては、面倒な親父の世話を率先してやってくれるし、ありがたい存在でも会ったのだが、おじさんの息子は鬱陶しく面倒。

 自称アウトドア好きのヤツは小学生の頃から何かと親父のイベントには顔を出していた。

 奴のアピールは半端ない。親父の好みをリサーチし、親父が望む親父の為の息子を演じる。アウトドアが大好きで、親父のいうことは興味津々に瞳を輝かせ聞き、親父をいい気分にさせた。実際の奴はアウトドアなど大嫌いで、親父の話はつまらないと思っていたのに、親父の前では親父好みの息子に見事変身する。だから俺が中学卒業の頃には親父のお気に入りの一人になっていて、俺は必ず奴と比べられていた。

奴の本性が見えたのは親父がこぼした愚痴を聞いた時。仕事が上手く行っていないのか、酷く疲れていた親父は家に奴を呼んで気分転換のアウトドア計画を立てていた。そして親父は奴が居る前で思わずぽろっと言ってしまう。

「あいつも君のような息子なら良かったのにな。そうすれば、私も何もかも安心できたのに」

 奴の目が光ったのを俺は見逃さなかった。だが、人に厳しいはずの親父も奴の演技にすでに騙されてしまっているため、奴の瞳の輝きに気付くことはない。親父のその一言は奴にとっては今まで堪えたご褒美とも言える一言だった。奴は密かにこの会社の一番上に立つことを狙っていた。親父に媚を売り、お気に入りになって俺を蹴落とす。そういうシナリオだったのだろう。そして、そのシナリオは着々と進んでいた。

「こいつは駄目だ。本人も継ぐ気は無いようだし、何より私を嫌いすぎている」

 俺の方を見ていう親父に口元を少し引き上げて奴は親父に言う。

「そんなことありませんよ。彼は自分自身をしっかり持って、自分でなんでもやろうとする素晴らしい人です」

 心のなかでは馬鹿にしているのによくもまぁ、そんなことが言えるものだ。そう思って失笑すれば二人の、種類の違う睨みつける視線が俺に刺さった。

「あいつもあんなに捻くれず、本当に君のように素直であればな」

「おじさん、僕は」

 奴が何を言い出すか、俺には見当がついていた。だから俺は後押ししてやることにして会話を遮る。

「いいじゃないか、親父。俺が駄目ならそいつを使ってやれば。俺は本当に継ぐ気はさらさら無い、何より俺が親父を好くなんて金輪際無いよ」

 自分が段階を踏んで言おうとしていただろうことを、俺に先手を打たれるように言われ、奴は少し眉間に皺を寄せていた。

「馬鹿なことを言うな、そんなことはせん。彼は私の子供でない。お前がどうしても継がんというなら、外部からそれ相応の能力を持ったものを見極めて継がせるつもりだ」

 親父の意外な言葉に俺は少々驚く。そして、俺同様に驚きと苛立ちが混ぜ合わさっている表情をした奴が居た。

「へぇ、意外だな。そいつのこと気に入っているんだろう? 傍らにおいて教育し継がせてやればいいじゃないか」

「確かに彼はお前とは正反対の良い子だ。だが、良い子なだけでは会社経営は出来ん。会社というのは私だけのものではない、社員という家族がいるのだから、お前に継がせないのであれば、ちゃんとせねばならんだろう」

「へぇ、色々言いながらもおじさんは、彼を認めているんじゃないですか」

「なんだかんだと言ってもこいつには経営能力がある。客観的に見るということにも長けている。だからこそ私は、息子だからという理由だけではなく、こいつが継いでくれればと思っていたのだ」

 鼻で笑うような言葉を吐いた奴の鋭い視線はずっと俺に突き刺さっている。当然だろう、奴の野望をたった今、俺が打ち砕いたのだから。

 だが、奴は野望を捨てることはしない。それ以降は俺にもついて回るようになり、俺に家業を継げとしつこく詰め寄った。

「継ぐだけでいい。その後は僕が上手くやるし、おじさんが死んだらすぐにでも僕に席を譲ってくれればいい」

 俺より二つも年下の癖に生意気で打算的な口を聞く。だが、俺にはそのつもりはない。一度でも継いでしまえば、後は親父の思惑通りに事が動くに決まっている。俺より年下で、浅い考えの奴があの親父を上手く動かせるわけはないのだから。

 そんな奴が親父と一緒になって買いに行ったのが姉貴が欲しがっているキャンピングカーだ。いずれそれも自分のものになると思っていた奴は親父に一番高い性能もいいものを買わせたと言っていた。最も、奴の口車に親父が乗るとは思えないから、奴は俺にそういうことで自分が親父を動かしているのだと俺に思わせたかっただけだろう。

 親父は昔から母親や家族に対しては非常に厳しかったが、自分の事となると金に糸目は付けないし、ましてそれが趣味のこととなると余計にそうだった。だから、奴が言っていた良い物を買ったというのはあながち嘘でもないはずだ。

 家族に対して厳しかった親父は、そういう趣味のことなどは一切話さなかった。話した所で俺が話を聞くはずもないが。故に俺が知っている情報は全て奴から得たものばかり。虚栄心の塊で俺に情報を与えているとも思わず、俺を上手くあしらっているつもりだった奴。おそらく親父同様、初めの選定で消え去っただろう。

 自宅につくと、姉貴は俺の方を向いて手を目の前に差し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る