第12話

「機械に無くって人間にあるもの、それはね『ついうっかり』よ。こうしようと思っていても、別のことを考えていて思わず違うことをしてしまったってあるでしょ。正確さといえばそうなのだけど、ちょっと違う。正確にやることはわかっていても思わずやってしまう別のこと。つい間違えてしまった、ついやってしまった。当然普段であれば、それを打ち消すためにそういう行動を取ればいい。でもね、この選択肢はそれを許さないのよ」

 何かを企むように微笑んだ姉貴はあたりを見回し始める。

 その行為にこいつはやるつもりだと思った俺は口で説明してくれれば十分だとため息混じりに言い放った。

「何よ、実際見たほうがわかりやすいでしょ」

「別に見なくても説明してくれれば理解する。俺はそこまで馬鹿じゃないよ」

「何言っているのよ、何でも実際にやったり見たりした方が理解力という点では優れているわ。安心なさい、可愛い弟で試したりしないわよ」

 そう、姉貴はこういう奴なんだ。自分の目的のためには他者はどうでもいいと考える。

 俺も多少はそうであるがそれが他者の生命に関することとなれば尻込みしてしまう。姉貴はそれが一切ない。

 今、こいつは自分ではない誰かのうっかりを誘って、選択間違いを起こさせ一体どうなるかを俺に見せつけるつもりだ。

 俺のせいでなどと思いたくないし姉貴は俺がそう思うのを楽しむ。姉貴を楽しませるなど絶対にやりたくないことだ。

 俺は自分の腕に絡みついている姉貴の腕を払い、姉貴の言葉をすべて無視して自宅に向かって歩を進めれば、姉貴は観念したかのように「わかった」と一言。再び腕を絡ませ説明し始めた。

「選択をうっかり間違ってしまった時、気付かない人はそのまま自分が思っていた選択とは違った行為をするわよね。気付いた人でも必ず慌てて選択した行動をできなかったりする。その瞬間、一度消えた選択肢が再び赤く点滅して現れてサイレンを鳴らすのよ。いかにもお前は間違いを犯した! って責めているようにね」

「なかなか悪趣味な演出だな」

「でしょう。それが神様達の狙いだったりもするわけよ」

 サイレンというのはおそらく人間にとっては特別なものだろう。

 唐突に鳴らされればいったい何が起こったのかと慌て、正確な判断をするのには時間を要するはずだ。

「間違えたと責め立てられて慌てない人間っていうのは一握りよね。しかもそのサイレンは警鐘の間隔を徐々に短くして焦りを煽る。間違いだと気付く者、気付かない者、どちらにしても慌てふためくわ。そうしている最中に一つの選択肢が現れるの。他の選択肢と違い、自分で考えたりした際に現れるのではなく強制的に現れて、それはカウント付きで答えを求める」

「カウント付き? ただでさえ焦っているのに更に焦らせるのか」

「そうよ、すごい演出でしょ? で、その質問が『間違いを犯した? 犯してない? 』っていう内容なの。あんたにならわかるでしょ? この質問の陰湿で嫌なところが」

 俺ならわかると言われたのはいささか不本意だが、確かにその質問の嫌な所は俺には一発でわかってしまった。

 サイレンやカウントで正確な判断ができるできないに関係なく、この質問は結局一つのところに辿り着くように作られている。

 例えば、ここで選択違いをしたことに気付き、「犯した」と答える。つまりそれは間違いを認めたことになる。また、もう一つの「犯していない」を選択した場合は犯しているのだから犯していないと言ってしまうのは嘘をついたことになり、その時に間違いを犯してしまっている。

 そう、結局は間違いを犯しているということになるように導かれた質問ということになるのだ。

「何を選んでも間違いを犯したことにする、それはわかるけど、そうした所でどうなるんだ?」

「もう、だから見たほうが早いって言ったのよ」

 説明が面倒なのか、ふてくされながら姉貴は俺の目の前に指を突き立てて続ける。

「この仕組は人間を間引きするためのものよ。つまり消すために作られているシステム。彼らは選択肢を選択させるっていうシステムの中に人間の特性をよくとらえ、うっかりと焦りの状態を生み出す様にして、偽りと間違いを犯したものに制裁を下すようにしているのよ。普通の罪は善悪の判断の際に裁かれちゃうでしょ、だから次に神様は偽りと間違いで選別することにしたのよ。まどろっこしいと思うのは神様が楽しむという要素も加えただからだと私は思っているけどね。それにあんたも気付いているでしょうけど、別にね、この選択肢は態々ボタンを押して選ばなくてもいい。でも皆選択肢が目の前に現れたらついついボタンを押して選んでしまう。そこが最大の落とし穴よね」

 目の前に選択肢が現れても、その行動を取ればその選択肢は消えるし、選択しなければそれは必要がなくなるまでずっと存在し続ける。存在し続けたからといって、制限時間も何も無い選択肢に、視野が狭まる以外何か罰則がくだされるということはない。そう、姉貴のいう通り選択肢にひっついて現れるボタンによって自らの行動を選ぶ必要は一切ない。

 俺は面倒臭さもあり、それをしていなかっただけだが、姉貴は現れる選択肢を行為や言葉で選択していた。

「ボタンを押すということは、その行動を自らで決定してしまったということで、それ以外の行動は選択した行動に反することになるのよ。反した行動をとった時点でお終い。その後現れる選択肢にどういうふうに応えたとしても消えるのを回避することは出来ないわ。だからね、私はボタンを押さないの。選択肢にある行動を取れば勝手にそれが選択されるのだからうっかり間違いなんてものは発生するはずがないでしょ」

 企むような笑みを浮かべながら、本当に世界が楽しいと言わんばかりの雰囲気だ。

 選択肢を俺の様に選ばないという方法もあるが、姉貴は選ぶことでこの状況を楽しんでいる。

「私はあんたほど何かに悩んだり考えたりしないから選択肢が現れるのはごく稀だし、その二択が必ずしも私が取る行動とは限らないけど、その通りにしてやるのも面白いでしょ」

 姉貴はどんな状況がそこにあろうともその状況を楽しみに変換することの出来る、素晴らしいけれどあまり真似したくはない能力の持ち主だ。俺とは全く正反対の行為をする姉貴だが、おそらく楽しく無くなれば俺同様にさっさと自分で自分の存在を消すだろう。

「しかし、神様とやらはなんともまどろっこしい手をつかうもんだな」

「ほんと、そうよねぇ」

 姉貴は俺の言葉に同調しながら、俺の周りに浮かぶ選択肢を見つめ少しため息を付いた。

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