第11話

 付けられていないのであれば態々遠回りや気配を伺って行動する必要はない。俺は少し遠回りをしようとしていた足を自宅に向け歩き始めたが、その瞬間、不意に肩を掴まれた。俺は奴がやってきたのかと驚き振り返りながらその手を振り払って後ずさる。

「ちょっと、あんたね。いくら久しぶりでもその反応は傷付くわよ」

 見ればそこに居たのは、我が家で出来がよく、いつも両親の自慢だった姉貴。

 俺が親父の次に苦手とする人だ。

 神様たちの次の一手が打たれ、これから先の展開を期待できる楽しい日になるかとおもいきや、今日はどうやらついていないらしい。

 あの妙な男の後にこの姉に会うとは最悪だ。ため息混じりに見つめた姉貴は一切の選択肢が周りにはなく、もちろん俺と対峙している今も選択肢が現れることはない。俺のように選択しだらけというのも珍しいだろうが、姉貴のように選択肢が一切ない状態も珍しいといえるだろう。まぁ、この人ならあり得ることだ。自らの行うこと全てに迷いがないのだから。

「姉貴は大阪支社長だろ? こんな所で油売っていていいの?」

「せっかくあんたのこと思い出して帰ってきてあげたのにその言い草は無いでしょ。この状況で一人仕事をしたところで取引相手も居ないしどうしようもないでしょ」

「まぁね。で、今後どうするか親父に相談でもしに来た?」

「相談? どうして相談なんてしなきゃいけないのよ。私がやらないって思ったのだからやらないのよ。第一、あの人に相談した所で私があの人の言うことを聞くとでも? 私と考え方が全然違うのだもの」

「そりゃそうだ。でももし相談したいって言っても無理だったけどね」

「でしょうね、さっき家によってきたわ。あの人は偽善の塊だったから消えているだろうと思っていたし、あの両親が居なくなっているのは当然で驚きもしなかったわ。でも、あんたも居なくってさ」

「俺まで消えたと思った?」

「まさか! あんたは消えるわけ無いって思ったから家の中を探したのよ。そしたら生活感あるしやっぱり生きているんだって確信してね。家に居なけりゃ外でしょ? あんたを探しがてらこの町も久しぶりだしうろついていたの」

 にっこり微笑みながら、姉貴の視線は俺の手に移り、ふふんと鼻で笑う。

「食料調達に行っていたってことはあんたもまだ生きるつもりなんだ」

「『あんたも』ってことは、姉貴もか」

「当然でしょ。こんな面白いこと、体験しないなんてありえないわ」

 この姉は。俺と対局の位置にありながら、俺と同じ人種でもある。

 周りの人間が消えた時、こいつは誰よりも早くその原因はなんだろうと考え、また、その現象をある意味楽しんでいた人間だ。決してそのへんの女のように人が目の前で消えたからといって悲鳴を上げるようなことはしない。そして今「あんたも生きるつもり」という言葉を吐いたことにより俺と同じ思考だったことがありありと分かる。

 ただ、こいつは俺よりもとても要領が良かった。

 世渡りがうまく、そして口も態度も上手い。本心を隠すことはおちゃのこさいさいで、あの親父すらこいつの演技には何度となく騙されていた。更に凄いのは騙された方は騙されていることに気づかないのだ。

 俺は同じ人種のせいかこいつに騙されることはなかったし、姉貴も俺には本心を隠すことは無かった。おそらく姉貴としては本性を見せて下僕として使うほうが有効だと考えたのだろう。

 俺が家に向かって帰ろうと歩を進めると姉貴の近くに選択肢が現れた。

「家に帰る? 帰らない?」

 姉貴はその選択肢に唇の端を上げて微笑み、俺の腕を引っ張るようにして大通りの方に連れて行こうとする。

「家に帰ったってすることもないのだしつまらないわ。久しぶりに帰ったのだから、あんたが町の案内してよ」

 姉貴がそう言うと現れた選択肢は選択をしていないのに消え去った。

 態々ボタンを押して選択しなくともそういう行動を取れば選択したとみなされる、それを姉貴はもう知っていたのだ。

 今更こんなふうになった町の案内など面倒極まりない、勝手に自分で回ればいいと言ったが、俺の意見などあってないようなもの。自分がやると言っているのだからやりなさいという態度で俺を無理やり連れて行く。

 姉貴が役員について、あの家を出て行ってから俺は親父という枷はあったが、姉貴という枷が外されて快適に近い毎日を送っていた。

 しかし、今度は親父という枷がなくなり姉貴の枷が再び掛けられて、俺は姉貴の思うままに引きずり回される。

 その間も他の人や俺に比べれば明らかに数は少ないけれども姉貴にも選択肢は現れた。しかし、姉貴はことごとくその選択肢をボタンで選択することなく行動や言葉で返事をするように浮かび上がった文字を消していく。

 それも、現れた選択肢を自分の行動や言動で消していく行為を面白がっているように見えた。しかし決してボタンは押さない。選択肢を浮かばせたままで居る俺とは違い、ことごとく消していくのならボタンで消せばいいだけの事のように思える。俺は思わず姉貴にどうしてボタンを押さないのかと質問していた。

「どうしてって。もしかしてあんたこのシステムがどんなのかまだ分かってないの?」

「分かってないって、選択させる以外に何かあるのか?」

「あら、じゃぁ、あんたはまだ見てないのね。まぁ当然か、こんなに人が少なくっちゃ見たくても見られないわね」

「見る? 一体何のことだ」

 首をかしげていれば姉貴は鼻で得意気に笑って続ける。

「このゲームの本質は何?」

「人減らし、だろ? 特権を与えるために多すぎる人類を間引く」

「そうよ。だったらどうしてこんなことをしていると思う? 選択させるだけなら人間は減らないわ」

 言われてみればそうだと思った。その辺のことをあまり深く考えては居なかったが、初めの参加するしないの選択肢以外は何を選ぼうと選ばなかろうと人が消えることは無い。神々が個々の様々な質問に明確な判断をしているとも思えないし、何より俺一人ですらこれだけの質問を抱えているのに、一人一人に対応するなどありえない話だ。

「あの神様って連中ね、雑談とかして雑そうに見えるでしょ? でも結構融通がきかないのよ」

 次の手を打ち出した時も下ネタで盛り上がったりとかなり自由な振る舞いをしていた神々。しかし、姉貴はそれは連中が俺達を油断させるために使っている手段だという。

「いろんな物事を処理するにあたって機械になくって人間にあるものって何かわかる?」

 それは正確さの有無だと答えれば姉貴は「惜しい」と楽しげに笑った。

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