第10話

「どうせなら消えてくれればありがたいのにな」

 ため息混じりにそう言って玄関から外に出た途端、俺の周りに浮遊していた「外出しますか? しませんか?」の選択肢が消える。

「選ばなくても消えた?」

 観察してみれば、どうやら選択肢が現れ選ばず、選択肢の行動を起こした場合は選択肢が選ばれたということになり消える仕組みのようだ。だが、選択肢はYESかNOといった二つの選択しかできないため、選択肢にない行動をとった場合は浮遊し続ける。

 消したければ選択をすればいいのだろうが、俺は面倒だからやっていない。結局、選択肢は常に存在し続け、俺は周りに無数の選択肢をひっつけたまま町に出る。

 今回の初めの選択肢で消えた人間もいるようで、町に出てきたからといって人に会えるとは限らない。

 ただ、このゲームが始まる前、少し歩けば肩がぶつかり合っていたことを思えば、歩きやすく俺にとっては良い傾向だった。

 しかし、今回のように意図的に人に会おうとして出てきた場合はいささか不便。静かだが少々寂れて汚れてきたような町を歩きながらはじめの一人に出会う。

 黒縁の眼鏡をかけたその男は歩いては立ち止まり、現れてくる選択肢を一つ一つ選んでは消していた。なるほど、他者の選択肢も容易に見ることが出来る、つまり俺の選択肢も同じように連中に見えるということだろう。

 一人目の男はまっすぐ自分に向かって歩いてきていたが、次々と現れる選択肢に気を取られ俺の存在には気付いていない様子。

 ようやく気付いたのは俺が少し道を開けるように避け、ほんの僅かに空気が揺れた瞬間だった。ちらりとこちらに視線を向けた男は次の瞬間驚いたように瞳を見開いて俺を見る。

 当然といえば当然かもしれない。

 俺が選択したのはただの一度、参加するだけ。

 それ以降現れる選択肢に一度として答えてない。

 だからそれらが無数に浮遊している状態であり、そんな姿は異様だろう。俺に向かって指さしながら男は声をかけようとしたがそれより先に選択肢が俺と男の間に現れた。

「声をかけますか? かけませんか?」

 男は選択肢を見つめながら迷ったように指を動かす。すると、新たな選択肢がその横に浮遊し始めた。

「質問しますか? しませんか?」

 迷い悩んで眉間に皺を刻んでいく男を俺は何も言わずに眺める。

 他者にこれが見える限り、自分の思考が駄々漏れになる面倒な仕組みではないか。

 そう思っていた俺だったが、逆に考えてみれば相手の思考を読み取るには便利なシステムと言える。この男は俺に声をかけようか迷い、そして更に俺に何か質問があるらしい。

 見つめ続ける俺に男は結局「声をかけない」を選択し、それを選んだ瞬間もう一つの「質問するかしないか」の質問は消えてなくなる。声をかけないのだから質問はしない、自然とそういう流れになるからなのか。

 一つの選択をすることで、その先にあるはずの選択肢は消えてしまう。つまり一つの選択肢の先にあったはずの未来が消えるということだ。

 確実に人数が減っているのか、人に合うことは少なく、男に出会ってから歩き続けて一駅分、ようやく本日二人目の人間に遭遇する。出会ったのは女だったが彼女もまた、選択肢に振り回されるように必死で出てくる質問に答えていた。

 人間というものは常に何かを考え、考えてなくても、生きている限り何かしらの行動をしている。だから選択肢が出ないということはないだろうし、絶え間なく現れるはずだ。

 それを必死で追いかけている姿はかなり滑稽に見える。

 たった二択の選択に追われていては、本当に自分がしたい行動が何なのかわからなくなるのではないだろうか? そんなことを考えながら外出したついでに食料を調達しようと目に映ったデパートに入った。

「それにしても、これの一体何処に特権者を選ぶ機能があるのだろうか」

 すでに少なくなってきている食料を選り好みせずにレジから取ってきた袋に入れながら呟けば、横から不意に手が伸びてきて後ろに下る。見ればそいつも俺と同様に無数の選択肢を浮遊させていた。

 互いに暫く相手をじっと見つめる。なぜなら選択肢が邪魔をして相手の顔が見えづらいからだ。

「おや、貴方はあの時の。また会いましたね」

 その声と選択肢の合間から見える顔に俺は嫌そうな表情を隠すことなく表して、ため息を漏らす。そう、以前男女が消えた際にスーパーで出会ったあの男がここにいたのだ。

「そのように嫌そうな顔をしなくても。どちらかと言えば、あの時気分を害したのは僕の方です。それに別に貴方に対して私は何もしませんし、出来ませんよ」

「当たり前だ。何かするなら俺も黙っちゃいない」

「怖いですねぇ。僕は貴方に出会えないかと暫くあのスーパーに通っていたのに。しかしまさか、場所を変えた日に出会えるとは思っていませんでしたよ」

「俺も、また会うとは思わなかったな。というか会いたくも無かったが」

「おやおや、酷い」

 酷いと言葉にしながらも、酷さも楽しさと言わんばかりに微笑みを絶やさない男。その様子は俺に不気味さしか伝えてこなかった。

「それにしても貴方も文字にまみれていますね」

「選ぶのが面倒だし、俺の求める選択肢がない場合が多いからな」

「たしかに、僕も同じ感じでいつのまにやらこんなことになってしまっていました。多分、こんな状態で過ごしているのは貴方と僕ぐらいでしょうね」

 反論はしない。あと数人はいるかもしれないが今現在この場所で選択肢をそのままにしているのは俺とこいつぐらいなものだろう。選択を迫られればつい答えてしまうのが人間だ。しかもそれが神様がおっしゃったとあればなおのこと「やらなければならない」と思うだろう。何より、強制執行された選別方法によって消えた人を目にしたものならば、やらなければ消えるという強迫観念がついて回るはずだ。

 男は俺の顔をじっと見つめて、柔らかに微笑むと、

「少し話しませんか。こんなに気が合いそうな人に会うのは久しぶりだ」

 と言ってきた。

「遠慮しておく。俺は気が合うとは思っていない」

 以前に引き続き、勝手な解釈、勝手な想像で、勝手なことを言うなと思った。こんな得体のしれない輩と気が合いそうなどと思われたくもない。

「別にね、今すぐじゃなくてもいいのですけど」

「悪いが俺はアンタと話をする気自体がないんだ」

「はっきり言いますね。でも嫌いじゃないですよ。僕はここから暫く行った花岡高校に住んでいますからいつでもいらっしゃってください」

「聞いてなかったのか? 話す気は無いって言っただろう」

「聞いていましたし、ちゃんと理解もしていますよ。でもほら、話したくなる時もあるかもしれないじゃないですか。先のことは、わからないものでしょう?」

 柔らかく優しい微笑みを浮かべながら言われたが、なんだか脅迫染みたように聞こえ、俺は視線を逸らして店の出入口に向かって歩き出す。なにか言ってくるかと思ったが、俺の背中に声がかかること無く、俺はデパートを出た。

 つけられて自宅がばれてしまうのも面倒だと暫く町をふらついて奴がついてこないか確認する。俺という存在に興味を持っていたようであったし、奴ならば密かにつけてきてもおかしくないと思ったのだが、結局そんな気配は感じられなかった。

 俺に出会えないかとスーパーに行っていたという発言から、俺に対しての執着心があるかと思ったがそうでもない様子。

 もしかして、奴は自分の居場所を教えたことで本当に俺の方から会いに来ると思っているのだろうか? もし本当にそう思っているのであれば、かなりおめでたい頭をもっていると言える。しかし、奴の言動を見る限り、俺には奴がただのおめでたい奴とはどうしても思えなかった。

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