第9話
俺は生きることに執着心はない。みすぼらしい生活が嫌なら、基準は理解しているのだから消えてしまえば済むことかもしれない。
しかし俺は、神の次の一手が気になっていた。
こんなことをしでかした連中が、これで終わりはありえないと思っていたからだ。きっと何かある。そしてその何かがあった時、俺は全てを観察したいと思っていた。
「しかしまぁ、我慢して一ヶ月かな」
近くのコンビニ、スーパー、デパート、それらを合わせ、この辺りで生き残っているであろう人々の大体の人数を考えれば、奪い合わずとも入手できるだろう期間は三週間程度だろうと推測していた。この辺りで手軽に食料等が確保できなくなった場合、俺は遠方に出かけてまで食料を得ようとは思っていない。
食料や生きるための生活を続けることが困難になってきて、神の次の一手が示されないのであれば、俺は自ら善悪を決定付けてこの世界から消えてしまおうかと思っている。
俺は生に執着する連中がよくわからない。
生まれた時点で死ぬことは確定だ。その死の方法が何であるか、それだけの違いでしか無い。まして今は、痛みも苦痛もない死に方が出来るんだ。
俺にとっての唯一の楽しみがなくなったとすれば生きること自体が面倒でさっさと消えてしまいたいと思うだろう。
「今日も動きは無し、か」
電源をいれても何も聞こえてこないスマートフォンの画面を眺め、どう善悪を付けて消えるか考え始めた時、突然スマートフォンから、懐かしい神様の声が響いた。
「ようやく半分といったところですかねぇ?」
「どうやら、これ以上減ることはないようだな」
「彼らも馬鹿ではないということでしょう」
「そうですな、残るべくして残ったという感じでしょう」
「我々の選別方法を理解したものが慎重に生き残っている。あとは本当に何も考えてない連中だな」
久しぶりに聞いた神々の会話は、相も変わらず好き放題いってくれている。何を言おうと構わないが、会話をするだけして「では、もう暫くこのままで」などと言い出さないようにと俺は願っていた。
「しかし、これではまだまだ多すぎる」
「では、どうする?」
何やら小声で話をし始める神々。
その声はあまりに小さすぎてスマートフォンからは何かを囁いているぐらいにしか聞こえず、俺はやれやれとため息を一つ吐き出す。神様であるのなら、今ここで話し合いを行わず、先に決定事項を持って我々に連絡してほしいものだ。
暫くのざわつきの後、一人の咳払いが聞こえ、どうやら決定事項を発表する様子。
おそらく、俺だけでなく、消えずに残った者達皆が静かにその一言に集中しているだろう。
「さて、賢明な判断により消えずに残った人間たちよ。次の試験を始めよう」
そう言われて、俺は「よし! 」と思わず笑いながらガッツポーズを取ってしまったが、すぐにスマートフォンに意識を集中させた。
「今度は強制参加、参加しないなんて許さないわよ」
今度はなどとよく言ったものだ。善悪での判別にしても強制参加みたいなものだっただろうに。特権などいらないと思っていた人間も勝手に善悪の枠組みの中に放り出されのだから。神様にとってあれはあくまでそうなってしまったものであって、強制では無かったのか。自分勝手で傲慢、さすがは神様といったところだ。
「そうだな、参加しないものは自ら権利を放棄した者としてその場で消えてもらおう」
「では、選定方法の発表だ」
「貴様達が生活していく上で何かを選ぶ機会はたくさんあるだろう。その選択肢をこちらで二つ用意する」
「そう、日常の些細な事まで全部ね。朝起きるのか起きないのか、便所に行くのか行かないのか、尿をするか便をするか」
「セックスをするしないまで全部な」
何と下世話で何と下品な神々か。
そう思いながらも、それは全て人間が創造主であるからなのかもしれないとも思っていた。
神々は最後の一言に密かに盛り上がり、話が脱線している。これではまるでどこぞの中学の休み時間だ。下品なことを誰かが言えばこらえ笑いが聞こえて盛り上がり、初めの話とは全く違う方向に走り始める。
神と言われれば思い浮かぶのは威厳に満ちた者が多い。しかし、考えてみれば神話は人間が創りだした壮大な物語だ。
その中身は嫉妬や誰が誰を好いただのというものがほとんどであったり、優等生が眉を顰めてしまうような内容や、小学生男子が喜びそうな排泄物ネタも多い。妙に親近感を持ってしまうこの神の姿こそが人間であり、人間が創りだした神様なのだろう。
そう考えている間も、神々は面白おかしく下ネタで盛り上がり、俺は一体いつまでこの面白おかしくもない下品な話に付き合えばいいのかと半ば呆れていた。
次の動きがあまりに無いため、スマートフォンを置いて寝そべっていると、大きな咳払いが一つ。この話の流れは不快だと言わんばかりの咳払いに盛り上がっていた声も小さくなる。そして先程主導権を握っていたのとは違う少々怒り気味の女の声が響いた。
「いい加減になさい、あなた方のそういうところが私は嫌なのです」
言ってみれば、馬鹿騒ぎする男子生徒を窘める委員長といった所か。堅物そうなその声にはっきり言われた他の連中はため息を漏らす。
「はぁ、せっかく盛り上がっておったのに水を差されるとは。そのように真面目すぎると皆に嫌われるぞ」
「場をわきまえよと言っているのです。今はそのような戯言を面白おかしく話している場合ではございませんでしょう」
「やれやれ、お主は真面目なだけが取り柄だからなぁ」
「そうそう、こいつは元からお固いのだ。さっさと説明して切り上げようぜ」
そういえば、こういう光景を中学時代よく見たなぁと懐かしささえ漂うやりとりに鼻息で笑えば、目の前に突然二つの選択肢が浮かび上がった。そこに透明の画面があるかのように空中に浮かぶ電子的な絵面。
「このゲームに参加する? しない?」
ご丁寧にもそれぞれ青と赤に色分けされ、点滅して選択を急かす。
一体この神様連中は何時の時代の誰が生み出したのか、その仕組はまるでバーチャルゲーム、またはライトノベルでよくありがちな設定だ。試しに「する」を選択し指でタップすれば、選択肢はその場から消え去る。
「おめでとう、参加するを選んだ人間はこれよりゲームに参加となる」
「参加しないを選んだ者は。と説明しても無駄だな」
「そうね、聞きたくても聞けないものね」
なるほど。つまり今の選択肢で参加しないとしたものは自動的に消されたということになりそうだ。
「不思議ねぇ。あれほど強制参加っていったのに」
選択肢がある時点で強制性は低くなると思うのだが、おそらくこの神様は言葉でそう言いながら人間がどうするのか楽しんでいるのだろう。俺がこの神様という存在の行いを楽しもうとしているように、神様も人間の行いを楽しんでいるように思えた。
「現れた選択肢をどのように選びどのように使うかはお前たち次第だ」
「選んでも選ばなくても、其れは君達の心ひとつということ」
「人生の選択、分かれ道。悩んだ結果が正しいとは限らないわよ」
くすくすと嫌な笑いを浮かべる神様に俺はため息を付く。
いいことを言っている風であるが、結局は何を当たり前のことを、と呆れる内容だからだ。そう思ってため息を一つついた俺の目の前で選択肢は今現在の自分の状況に合わせてめまぐるしく消えたり増えたりしていく。
必要の無くなった選択肢は自動的にその場から消え去る。しかし、必要であると判断されているものについてはずっとそのまま残り続け、新たに選択肢が現れることで自分の周りはどうするか聞いてくる選択肢が無数に浮遊していた。
選択をしてもしなくても俺自身がどうにかなるわけではない。
初めの選択肢は胸腺参加だったせいか、選択しなければ消されたようだが、それ以外の選択肢を選ばなかったからと言ってどうなるというわけではなさそうだ。参加してしまえば、強制という言葉は単なる人を右往左往させるための楽しみのキーワードになる様子。
だが、常に選択肢が浮遊する強制性は実に鬱陶しい。眉間に皺を寄せながら、俺は外出することにした。他の連中がどうなっているのかということと、この空中浮遊する選択肢が自分以外の人間のものも見ることが出来るのかと気になったからだ。
外出しようとすれば、新たな選択肢が現れる。
「外出しますか? しませんか?」
その選択肢を見つめながら、俺は「一体神共はこんなことをして何がしたいのか理解不能だ」と考えた。すると「理解しますか? しませんか? 」という選択肢が現れる。
俺の場合、思考することが先にあるため、俺が考えれば考えただけの選択肢が現れた。
しかも俺がそれを選択しないものだから選択肢は浮遊し続け、結局これが一体何の選択肢だったのかがわからないほどになっている。数が多すぎるため、それが消えているのか消えていないのかも分からない。歩こうとすれば選択肢が邪魔をして視野を狭めるため、鬱陶しいと手で払うと選択肢は道を開けるように前方が開け、左右に別れて存在した。
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