第8話
唐突に現れた神様によって始まったゲーム。
あれ以降全く動きがないまま一週間が過ぎようとしている。
街は抜け殻だらけとなっていたが、四日ほどたった辺りで、抜け殻が増えることはなくなってきた。そう、神様の選定方法に限界が来ていたのだ。俺はすぐにでも次の一手が放たれるかとおもったが、この神様はかなり気が長いようで、未だ様子を伺っている。
テレビもラジオも、ソーシャルゲームですら機能せず、娯楽と呼ばれるものが極端に減った。当然カラオケや娯楽施設も利用できない。
過ぎていく時間を他の連中がどう過ごしているのかを気にはしてみるものの、それを確かめに行こうとは思わなかった。
勿論、ストップしてしまっているのは娯楽だけではなく、すべての物流や生産は止まってしまっている。働く人が居ないのだから止まって当然。近所のスーパーの在庫も少しずつ減ってきていた。爆発的に減ってしまわないのはそれだけこの辺りの人口がなくなってしまっているということだろう。当然のことながら生鮮食品などは手に入るはずもなく、俺の食事はレトルト商品が中心となっていた。スーパーで手に入るうちはそちらを食べ、スーパーの品が無くなれば家にある買い置きを食べるつもりでいる。俺の当初の予定よりもずっと長い時間スーパーにお世話になることになった。
金は払っていない。レジに人が居ないから払うに払えないというのもある。
しかし、どうやらあのスーパー自体経営者がすでに消えているようで、金を払わなくとも咎めるものは居なかった。
この世界は今までの世界とは違う。今まで行われてきた当たり前の秩序は崩壊し、全てにおいて自らで判断し自らで結論を出せばいいだけの世界になっていた。そういう世界になったと俺が確信したのはこのゲームが始まって3日目に俺が出くわした光景。それはスーパーに訪れた時の出来事だ。
人口が減ったとはいえ、この町に全く人が居なくなったわけではない。このゲームが始まって、2日間ほどは街で人を見かけるのは稀だった。コンビニやスーパーを覗いても客らしい人影は居ない。
しかし、時間がたつほどに人々は外に出てくることが多くなる。情報が得られない状況で自分の周りだけでも確認しようと出かけてくる連中がほとんど。だからおそらく家の中にいれば安全だ、もしくは情報などいらないと思っている連中は外出していない様子。
ただそれも3日目ともなれば流石に食料がなくなる者も居て、否応なしに外出するというものも多くなる。
俺がスーパーに来店した時、店内には俺を含め5人の客がいた。
人数が少ないからか、奪い合うこともなく、それぞれが普通に買い物を始める。俺は3日分ぐらいのレトルトをそのまま買い物袋の中に放り込んだ。人が居ない状況で態々金を払う必要はないだろうという考えであり、スーパーに行くと決めた時から財布すら持ってきていなかった。だから態々入れ替えが必要な買い物かごを使う必要はない。全ての買い物が終わってスーパーの出入口に向かおうとした時、レジの近くで一人の男が買い物かごを手にしたまま金を払わずレジを通り過ぎた。すると、一人の女がそれを引き止める。
引き止められた男は眉間に皺を寄せて女を見た。
「なんだよ」
「あなた、お金払ってないじゃない。いくら人が居ないからって。勝手に商品を持ち出すなんて、それは万引きでしょ」
「人がいなくなる非常時に何言ってんだ? もうこうなったら金に価値なんてねぇだろ」
金を払う払わないでの言い合いが始まり、俺は違和感を覚える。
互いに悪いことだ悪く無いと言い合っている。これは善悪のやりとりに聞こえるし実際そうだろう。なのになぜ、この連中は消えないのだろうか。あの現象はもうなくなってしまったのだろうか。俺がそう考えている間も二人は消えること無く言い争いをしている。
「お前さぁ、こんな世界になっているってのに何良い子ぶってんだよ。今更良い子ぶったって誰も褒めてくれねぇよ」
「あなただって、人が居ないからって悪いことをしていいと思っているのがおかしいわ」
その瞬間だった。
二人が洋服などを残して体は綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
他の2人の客はそれを見て、女の人は悲鳴を上げて荷物を放り出して逃げていき、男はじっとりと2人の痕跡を見ながらため息を付く。
「なるほどね」
男がそういった時、俺も思わず同じことをいいそうになって言葉を飲み込んだ。男はちらりと俺を見つめ、微笑みながら近寄ってくる。
「君も、わかったみたいだね」
男の言葉に俺は頷くことも返事をすることなく、浴びせられる視線に自分の視線をぶつけた。
「僕以外にも僕のような人間が居るとは驚きだね。君、名前は?」
「この状況で赤の他人にすぐに名乗ると思っているのか?」
「ふふ、そうだね。君のような人間が居るとわかっただけでも収穫だよ」
「どういうことだ?」
「だって、君は今の光景を観察していたのだろう? そして分かった。僕と同じようにね。そんな人間がまだこの地上に残っていると僕は思わなかったのだよ」
男の言葉はどこか含みがあって、あからさまに怪しい。俺はそれをじっとりとした視線で眺めた。
「今度は僕を観察かい? あまりいい気分じゃないな。変な結論を出される前にこのへんで失礼するよ」
男はにこやかな笑顔を浮かべながら、目の前に抜け殻だけとなった男が持っていた食料も自分の袋に入れて去っていく。
「君のような人間」と言われた上に、俺の行動を見透かすような態度を取る男に、こちらのほうがいい気分じゃないと思いながら、俺と同じような奴もまだ残っているのかと俺も驚いていた。
人が消えても悲鳴もげなければ、その原因がわかってなるほどと思う。アイツと俺はおそらく同じ人種、他者に関心を持ちながらも、決してその中には入らず、ただ観察するだけの人間なのだ。
たった今出来上がったばかりの抜け殻を横目に俺は自分の荷物だけを持って帰宅する。
相変わらず神様の啓示を伝えるだろう電子機器は黙り込んだまま。
人がいなくなり、物流などのシステムは止まってしまっているが、電気は供給されているので不便は比較的少ない。寝転がりながら、先ほど手に入れてきた菓子を食べ、天井を見つめた。
人が消える条件。
それは最初に俺が感じ取った通り「善悪」の有無。
ただ、俺はずっとその善悪の基準は一体どこにあるのだろうかと思っていた。このシステムを導入した神様たちの気まぐれならば基準は無いだろう。しかし、神様とやらはずっとこの様子を見ているわけでもなさそうで、現にあれ以降のアクションが何もない。
それに、明らかに消える人間と消えない人間が居る以上、何かしらの基準があるはずだ。他に何もすることのない俺は睡眠や食事以外の時間は、神という輩は一体何者なのか、また人間が消える基準とは何かを考えていた。
そして基準がスーパーに行ったことで見つかる。
善悪を自分自身によって認識すること、それが消えるか消えないかの条件。自分を消していたのは自分で出した結論のせいだった。
男と女の言い争い、その時点で彼らが消えなかったのはただ、行われた行為に対しての意見を述べ合っていただけに過ぎなかったからだ。しかし、言い争いがエスカレートしていくと女は男を悪と決め、男は女を偽善と決めた。
まさにその瞬間に互いに互いの「善悪」が決定したのだ。
自らであれ、他者であれ、善悪の存在を認識し決定してしまった瞬間に神の審判が下る。
俺が、母親が消えてしまった原因の金庫をただ開けただけでは俺は決して消えない。
だが、その行為を俺自身が悪だと決めた瞬間に俺は消える。当然そんなことはありえないことだし、これから先も俺が消える確率は非常に低い。俺は自らの起こす行為に善悪を感じることはなく、俺が消えるとすれば他者から善悪の烙印を押された瞬間のはずだ。人とのつながりをそれほど重要視してなかった俺にその烙印を押せる人間はあまりいないようにも思うが。結局、自称神様とやらは人間に人間を裁かせている。
「神ともあろうものが、人間を頼るとはね」
俺は口元に笑みを浮かべながらスマートフォンの電源を入れた。
もうすぐゲームが始まって七日目が終わろうとしている。しかし、未だ神が何かを始める気配はない。
神はなんでも願いを叶えてやると言い、そしてそれは全員に与えられるものではないと言ってこのゲームを始めた。神様とやらは幸運なる最後の一人が決まるまで、このルールだけでゲームを続けるつもりなのだろうか? もしそうだとすれば、なんとも気の長い話だ。
俺としてはできれば早めに次の一手を、それも劇的に効果のあるものを打って欲しいと思っている。
なぜなら俺は生きているからだ。
生産も物流も止まってしまった今、長引けばそれだけ生きにくくなる。俺はできれば清潔に、今までのライフスタイルを崩さないように生きていたい。それには、ある程度の食料や日常品が必要になってくる。
今はまだ良いが、この状況が一ヶ月、二ヶ月と続いたとして、自分がどれだけみすぼらしく生きているかと思うとぞっとした。
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