第5話

 彼らは自らを神と言った。

 通常であれば、神が人間に対して創造してやったというのが普通では無いだろうか。

 神話であれ何であれ、神という存在があって、人間が生まれているというのが物語の定例じゃないか。しかし彼らは今、様々な反応を見せる人間を創造主と言ったのだ。

(一体どういうことだ?)

 神である、そう公言すること自体頭がおかしくなっているのじゃないだろうかと思う。故に、発言自体に何か意味があるわけではないのかもしれない。妙なことをいうものだと考えながら俺はスマートフォンからの音声がやたらと響き渡っていることに気付き、辺りを見回す。

 聞こえてくるのは自分のスマートフォンからだけではなく、街中、発することの出来るあらゆる電子機器から声は響いていた。

 先ほどまで静かだったこの場所も、まるで雑踏のように騒がしい。静けさを特に好んでいるというわけでもないし、煩さも自分が関係しないところであれば別に何とも思わないが、街中がそれだけの音声というのはあまり気持ちが良いものではなかった。

 俺のような気持ちになっているものがこの世界にどれほどいるのかは知らないが、異常な煩さに辟易している連中は少なくともいるだろう。しかし、自らを神と名乗った連中は人間の様子などお構いなしに自分勝手に言葉を発する。

 ご近所の井戸端会議を無理やり聞かされているような状況。いったいこいつらは何がしたいのだ、そう俺が思い始めれば、同じようにほとんどの人間が呟き始め、連中の話がやっと前に進んだ。

「関心はちゃんとこちらに向きましたか?」

「そうですね、そろそろ連中の意識は全て我らに移ったようです。本題に入ってもよろしいのでは?」

「そうか、では本題に入ろう。我らを創造した主たちに我らから貴様達のどのような望みをも叶えてやる特権を与えようと思う」

(また……。どういうことだ?)

 俺の中では「創造した」という部分が引っかかっていたが、この状況を見守る大多数は別の部分にとらわれざわつき始める。

 不思議な出来事と意味不明の幾人もの神たちの会話に動揺していた者も「どのような望みをも叶える」という言葉に欲望が垣間見え、俺は思わず口元に笑みを浮かべていた。

「当然、すべての人間というわけには行かぬ。特権は人数を限定する」

「当たり前よね。皆が皆、特権が受けられるなんて都合よく思っている人は本当のお馬鹿さんよ」

「貴方達、自分の存在数を知っているのかしら?」

「これこれ、馬鹿にしては行けない。彼らとて塵芥のように多いというのはわかっているはず」

「そう、それを全てというわけにはいかぬこともわかっているよな?」

「絞りこまねばならぬ」

 楽しげに、見下すような言葉にざわつきはさらに大きくなる。

 絞り込むとはどういうことなのか、自分はその絞り込みの中に含まれるのか。人々の関心は更に声の主へと向かっていった。その様子を嘲笑し、観察しているのはおそらく俺と自称神様ぐらいだろう。

「絞り込みには条件を付けねばな」

「見ろ、条件があるとわかった途端、条件が聞きたくて仕方がなくなっている」

「あらあら、困った人たちね。でもそうでなくては私達を創造することはできなかったでしょうけど」

「自己が一番であり、自己を考えることしかせん。自分勝手で傲慢」

「そして、愚か」

 高笑いの中、俺は(勝手なことばかり言ってくれる)とため息をついていた。

 すべての人間がそうであるとひとくくりにするとは「神」も落ちたもの。少なくとも俺は神が与えてくれるという特権のことなどどうでもいいと思っている。

 願いや望みというのは夢があり欲する気持ちがあるからこそ生まれるものだ。

 俺にも当然そういうものはあるが、それを他者に頼ることで叶えようなどとは思わない。望みであれ願いであれ、それらが発生するのは自分の欲望からだ。何故自分自身のことを他者に頼んでやってもらわねばならないのか。特権にやっきになる連中などと一緒にするなと心のなかで吐き捨て、ざわつく街を横目に自宅への道を歩いて行く。

「おい、願いを叶えてくれるってよ」

「お前、信じているのか」

「どうしよう、その条件に私が当てはまっていたら」

「そんなわけないじゃない」

 肯定するものも否定するものも、心中の思いは同じ。

 本当に関心のないものはその話題すらしないはずだが、街中誰もが特権の話題を繰り返し行う。そんな様子を見れば皆が興味津々であることは神でなくてもわかること。

 関心のないふりをしている者達も、全く姿の見えない自称神様たちの、次の言葉を別のことを話しながらも耳をそばだてて聞き逃さまいとしている。

 そんなことに夢中になれる連中をため息混じりに眺めつつ、俺は自宅に戻ってきた。その自宅では、他の連中と同じ光景が繰り広げられている。テレビから流れる神々の戯言を馬鹿にしながらも耳だけはしっかり動かしている父親、自らの信仰する神以外の神はいないと言いながら、同じように条件を聞き逃さないとしている母親。浅ましい、そんな言葉がぴったりだなと両親を横目に自室へ向かった。

 日頃から偉そうに言っている両親も自称神様のいう欲深い愚かな人間なのだとベッドに横になりながら思う。

 親父は昔からそうであり、そういう自分を隠そうという素振りもなかった。だからこそ、俺は親父を嫌うのかもしれない。母親は信仰という言葉を隠れ蓑に欲を隠している。あけっぴろげもどうかと思うが、密かにそうしているのも俺は好きではない。結局、自分は両親を嫌っているのだと改めて思った。

 ベッドに横になったものの、あらゆるところから聞こえてくる煩さに寝るに寝られず、どうでもいいからさっさと終わらせて眠らせてくれと思っていると、自称神様が言葉を紡ぎ始める。

「しかし、こんなに居るのは鬱陶しいですな」

「確かに、あまりにも多すぎますわね」

「それではまず、それに値する人間を選ぶために、この無数な人間を篩いにかけましょうか」

「そうですね、彼らは多く存在しすぎている」

 なるほど、一理ある。

 この地上に存在している人類を対象として言っているのであれば、数が多いというのはその通りだと納得した。蚊一匹=人間一人という計算ならば人間は少ないかもしれない。しかし、事人類だけとすれば、この地球上に人間は非常に多いといえるだろう。俺はベッドに横になりながら、一体神という輩はこれだけの地球上の人口をどのように間引くつもりなのだろうと、不覚にもこの妙な催し物に興味が湧いていた。

 しかし、せっかく興味がわいたというのに選別方法はなかなか発表されない。

 静けさが辺りを包み込む。おそらくどの人間も、地球上全体がいつ発表されるかしらないその選別方法を聞き逃さないようにと口をつむいでいるのだ。

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