第4話

 俺はひときわ静かな、時間が止まっているかのような公園で、手のひらサイズの端末から世界中の「忙しい連中」を観察し始める。

 始めて数分、暫くの間はいつもの様に多種多様な自分自慢と褒めちぎり合いが繰り広げられていた。

 しかし、数十分すると何処のサイトでも妙な書き込みが増えていく。

「さて、そろそろ始めようか」

 そんな文言で始まった書き込みにはじめは違和感を覚えず、よくあるソーシャルゲームへのお誘い、もしくはそういうゲームの開始合図かと思っていた。しかし、その書き込み対しての返答を眺めているとその異様さに眉間に皺が寄っていく。

 日本語だけではないあらゆる言語が羅列され、中には本当にこれは言語なのかというようなものまであった。

「もう始めてしまうのか」

「粛清はすみやかに行わねば」

「そうです、迅速に。遅いくらいです」

「もう少し楽しんでからでもよかろう」

「あら、今からもっと楽しめるじゃない」

 読める範囲の物を見てみれば、肯定するものから否定するもの、肯定しつつ慎重にことを運ぼうとするものと様々な書き込みがされている。おそらく俺が読めない書き込みも同じような感じなのだろう。多数の意見が入り乱れ最終的に一人の、

「では、段階的にことを進めよう」

 という提案に一致した。

 いくら世界中につながっているとはいえ、一応勉強のできる俺が分かる範囲の言葉以外、到底言葉とは思えない記号まで現れて繰り広げられる会話に当然のことながら俺だけではなく他の連中も興味を持ち始める。

「なになに。何か面白いことでも始まるの?」

「新しいゲームでも配信されるのか」

「でも、なんだかちょっと気持ち悪くない?」

「どっかのソシャゲの会社の宣伝じゃね?」

 新しい催し物と取る者が多かったが、中には俺と同じようにこの書き込みを不審がるものも居た。

 この場所を常に覗いたり、発言したりしている者にとって、この雰囲気は今までにないものであり、異質だと感じ取ってしまう。それが少数であるのは俺のような連中が少数派だから。

 時間が数秒ずつ経つに連れどのサイトもこの書き込みの話題で持ちきりとなり、俺にとっては面白く無い出来事となった。

 様々な事があるからこそこの場所は面白いのであり、同一の変わらない事柄ばかりになるという事は、リアルな俺の日常と同じことになりつまらない。

(今日はもう終わりだ)

 俺がスマートフォンを閉じようとした時、音が出るようにしていないはずなのにスマートフォンから音声が響き渡る。驚いて閉じかけたスマートフォンを見れば、何のアプリも立ち上げていないのに画面上に数人のぼんやりとした影が揺らめいていた。

「人類の皆さん、こんにちは。我らは神です」

 唐突な始まりに誰もが何かのイベントだろうと思い、一体何のイベントだと口々に想像を語り始め、それはその人物の画像の上で文字となって流れて行きながら、呟き声のように小さく音声化される。様々なネットワークから書き込まれたものであり、それが画面に反映されていることに驚きの声が上がっていた。

 しかし、俺にとってそんなことはどうでもいいことだった。今一番重要なのは自分のスマートフォンが勝手な動きを見せていることであり、修理に出して直るものなのか、そして修理代はいくらかかるのかという事。

 一つの話題で持ちきりになってしまった時点で、俺の中では今日は面白くなくつまらない日と決まっている。俺がそう決めてしまった時はそれ以上何かが起こることはない。自分で決めた以上、自分が何かを起こすことはないのだから当然だろう。何より、第一声で自分のことを神だと言ったのだ。そんな奴は大抵その程度、たかが知れている。

 これ以上、戯言を聞くつもりはない俺はスマートフォンの電源を切った。しかし、不思議なことに電源は切れない。いよいよ本格的に故障したのかとため息をつき、電源をそのままポケットに仕舞った。ポケットからは聞きたくもない会話が聞こえてくる。

「なんとも、想像通りの反応で嬉しいですね」

「想定内な反応は少々つまらない気もしますが」

「本当にお気楽ですわね、イベントですって」

「でも、まぁ、そう言えなくはないですから正解じゃないかしら」

「しかし、なんとも馬鹿な連中だ」

「まぁ、まぁ、そのように言うのは行けませんよ。なんせ彼らは我らの創造主なのですから」

 俺はポケットの会話を否応なしに聞きながら歩き始め、途中、様々な会話の中の一言に妙なことをいうと首を傾げた。

 しかし、世界中の人間が発言しているであろう呟き声では俺が疑問に思ったことを話題にするものはいない。誰一人、気に止めるものはいなかった様子。一瞬の発言であり、沢山の会話の中で流れてしまったからかもしれない。だが、俺には彼らの言った「創造主」という言葉が引っかかって仕方がなかった。

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