第37話
しかし登紀子は、そういう態度をとる真由美に、だから駄目なのよと首を横に小さく振ってやれやれといった風に息を一つ吐き出す。
「まぁね、そういう話を極力避けてきてしまっていた私も悪いんだけど、真由美は私の娘であるし女でもあるんだもの、きちんと話さないと駄目だったのよね。ごめんなさいね、ちゃんと話して上げられなくて。あのね、真由美。非道な男が無理やり弱者である女を犯すというものでなく、好きなもの同士であるならば自分の意見はちゃんと言わなきゃ駄目。もちろん竜也君はそれをしっかり受け止めて聞いてあげなきゃ駄目よ。セックスが痛いのであれば痛いといわなきゃ。自分の感じる場所、気持ちよくなれる場所が分かったらそれをちゃんと教えてあげないと。いくら好き同士でも他人だもの互いに自分の思いを打ち明けあってより気持ちのいい、互いに幸せになるセックスをしなきゃ。そうでしょ?」
「そんなこと言ったって、あたし、どこが気持ちいいとかよく分からないし」
「あら、分からないんだったら二人でそれを見つけるように愛し合えば良いだけの事でしょ。独りよがりなセックスをするのではなく、二人で互いを思いあって肌の温かさを感じながらね。竜也君は少しは経験者みたいだからリードしつつ、自分が良いだろうと勝手に思って勝手な知識でやるんじゃなくって、こうするのはどうかと真由美に聞きながら、真由美は恥ずかしさや怖さで我慢して言わないなんてやめて、素直にそれに答えてあげる。簡単なことじゃない」
明るい声で言う登紀子から、視線を竜也に移した真由美は竜也も自分を見つめていることが分かってすぐに下を向く。
お互いにどんな言葉を掛け合ったら良いのか分からないままでいる二人の初々しさに登紀子は微笑み、棚の近くにおいてあるいつも自分が使っている鞄を持って玄関のほうへ歩き出した。
「真由美に言いたかったのはそれだけ。それじゃお母さんちょっと出かけてくるから二人でよく話し合いなさい。夕食も竜也君のも作ってあるから食べて行ってね。遅くなりそうならちゃんとおうちの人に連絡しておくのよ」
リビングから出て行く登紀子を玄関まで見送りに出た真由美は、少し不安になって靴を履いている登紀子に聞く。
「……ちゃんと、帰ってくるよね」
「当たり前でしょ。お母さんの家はここしかないんだから」
一瞬びっくりしたように真由美を見たあと、少し照れたように笑って出て行く登紀子を見送った真由美は竜也の居るリビングに戻った。
暫く沈黙が続き、互いにどうしたものかと思っていたが、深呼吸をした真由美が小さく口を動かす。
「あたしね、セックスって竜也が初めてで、こんなもんだと思っていたから言わなかったんだけど、いつもすごく怖くて嫌で痛くて、セックスの何がいいのかさっぱり分からなくて、さっさと勝手に気持ちよくなって出して終わらせてほしいって思っていた」
「そ、そうだったの」
真由美の告白に竜也は驚いたが、セックスのときの真由美の苦痛の表情を思い出し眉を下げて肩を落とし真由美を見つめて「ごめん」と謝る。
「なんていうか、経験者だって思わせたかったのもあるし、自分が気持ちいいから真由ちゃんもいいんだって勝手に思っていた。真由ちゃんのこと考えてなかったわけじゃないんだ」
「嘘……」
「嘘じゃないよ。真由ちゃんのこと本当に好きだし、好きだから真由ちゃんの全部を独占したいって思ったし」
「……分かるよ。普段の竜也はそうだもん。でもセックスのときの竜也は全然あたしのことなんて考えてくれてない。この前もあんなに駄目だって言って止めてっていったのに竜也は聞いてくれなくて、すごく怖かった。その後生理が来なくなって不安で仕方が無かった。セックスのときの竜也は自分のことばっかり。気持ち良い? って聞いてくるけどあたしの返事なんて聞く気無いじゃない」
「そ。それは……」
真由美の言葉に竜也は「ごめん」としか言えず、自分が勝手に真由美も自分と同じく気持ちよくいてくれていると思い込んで、欲望に引きずられるようにやっていたこと、そしてAVで見てやってみたかったことを相手のことを考えず実行してしまっていたことを後悔していた。
「でも本当に真由ちゃんが好きだから、真由ちゃんとセックスしたいって思ったのは本当だよ。ただ自分が気持ちよくなるためだけに真由ちゃんとセックスしたわけじゃない。でもさっきお母さんに言われて気付いた」
「母さんに? 二人でそんな話ししたの?」
「うん、僕のは間違ったセックスで、セックスって言うのは相手があってこそだろうって。言われて気付くなんて格好悪いけど、今まで本当に自分しか見てなくてごめん」
「そっか、母さんが。あのね、あたし、セックスをしているときの竜也は嫌」
嫌といわれて竜也は絶句する。
好きな気持ちは今でも変わらずあるのに、自分は振られてしまうのかと胸の辺りが重たくなってくる。
別れの言葉を聞く前にこの部屋を出て行こうか思ってしまうほどだったが、真由美の言葉はまだ続いていて、ここで聞かなかったら今までのセックスをしていたときの自分と同じだと覚悟を決めるように膝に置いていた手を握り締めた。
「でも普段の竜也は傍に居てくれると安心できるし楽しいと思う。嫌だけど一緒には居て欲しいっていう気持ちが二つあって、今あたし竜也が好きなのかどうかはっきりいえないし、わからない」
正直に、嘘をつくのではなく今の自分の気持ちを言った真由美に、竜也はそうかと深いため息をついて暫く黙る。
真由美はその沈黙に胸の奥から込み上げてくる泣きたい衝動を何とか抑えようと、必死で唇を噛み締めて手のひらを握り締めていたが、ふっとその手のひらがもう一回り大きな手のひらで包み込まれ、体の右側がほんのりと温かくなった。
「怖がらせて、嫌な思いをさせてごめん。僕と別れてください」
突然の竜也の言葉に真由美は瞳を見開き、その瞳には次第に涙がたまっていく。
嫌いだといったのは自分で、好きかどうかわからない状態ではあるけれど、別れると言われると悲しさだけが広がる。
いったい自分の気持ちはどちらなのか分からないと、涙を流しながら戸惑う真由美にさらに竜也は続ける。
「そして、僕ともう一度付き合ってくれませんか?」
「え?」
「今までの駄目な僕とは別れてほしい。今度はちゃんと真由美のことを考えるし、真由美も僕に正直に話してほしい。今度こそちゃんと受け止めるから、僕ともう一度付き合ってください」
真由美はあふれる涙を拭きもせず自分の隣に座っている竜也の顔をじっと見つめた。
別れてくれと言われて、悲しさや寂しさが入り混じったような暗い気持ちが胸を締め付け、付き合ってくださいといわれ驚きと嬉しさがその暗い気持ちを晴らすようにふわりと胸に湧き上がる。
好きなのだと言い切れはしないがこの気持ちは大事にしないと駄目な気がした。
暫く見つめていた竜也に涙を流したまま微笑んでやり直しだねと言う。
その言葉に竜也は握り締めていないほうの手で真由美の頬に流れる涙をぬぐってありがとうと言い顔を近づけ、真由美も近づいてきた唇に優しさを感じながら瞳を閉じた。
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