第35話

 しかし、登紀子の話を馬鹿馬鹿しいといって聞かずに帰る気持ちにはならず、何時しかそういう授業を受けている気持ちになって登紀子の話に耳を傾ける。

 竜也の様子の変化を見て取った登紀子はさらに説明を続けた。

「あれはね、女の体に準備をさせるための促しの行為なのよ。男の人のペニスを入れるということは、言って見れば自分の体ではない異物が中に入ってくるということでしょ? それを何の準備もなしにというのは拷問に近いわ。濡れるって言う言葉を聞いたことは無い?」

「あります」

「あれって大事なことなのよ。まぁ、アダルト系のものでは嫌がりながらも感じているっていう表現に使われることが多いけど。あれは異物を受け入れるために体が行う防御策の一つ。言ってみれば動物的な本能よね。スムーズに痛みなく事を行うために潤滑油のような役割をする体液を分泌するの。それを促す行為が愛撫。感情を高めあうと同時に体にも準備をするように命令するもの。竜也君は自分だけが興奮して、真由美の体の変化を気に留めることなく無理やりねじ込んでいるのよ。その結果がこれ。潤滑油なしに異物を差し込まれれば傷がついて当然でしょ。それがどんなに体にも心にも辛いことか、貴方に分かるかしら?」

 竜也は登紀子の言葉に暫く考え込んだが首を横に振りながら「わかりません」と素直に答えた。

 自分のセックスが間違いであるか無いかなど気にしたこともなかったからだ。

 それに何時だって自分は真由美のことを考えてしていたはずだ。

 誰よりも真由美のことが好きでお互いの好きを確認するような行為だと思っていた。

 自分の行為で真由美を傷つけているなど竜也が考えるはずがない。

「男性がセックスを知らないからって真由美は笑ったり馬鹿にしたりしないわ。見栄を張るよりも真由美のことを大切に思って、二人でセックスをして幸せだと思えるように言葉をかけたり、どうして欲しいか聞いたり工夫してあげるほうがいいんじゃないかしら? それから、母親として言わせてもらえれば、妊娠してなかったと聞いて安心するぐらいならセックスなんてやらないでほしいわね。どこで仕入れた情報なのかは知らないけれど、安全日なんていうものを信じて妊娠したときのことも考えず避妊をせずにセックスして、妊娠しているかもしれないと思ったらあわてるなんて情けない男よ。避妊なしでやるなら妊娠覚悟でやりなさい」

「でも、生理の前に安全日があって……」

「確かに妊娠しにくい期間って言うのはあるわよ。でもあくまで『妊娠しにくい』だけなのよ。確実に妊娠しませんっていえる日ではないし、生理の周期なんて人それぞれ。月によって違ったりもするから計算で割り出そうなんて出来ないと思ったほうがいいのよ。竜也君の言っている安全日って言うのは、基礎体温からの排卵日がいつなのかを大体で特定して、その日にセックスをすることで妊娠しやすくするっていうオギノ式と呼ばれるものが、本来の目的とは違った形で使われてしまったものでね。本来の目的は『より妊娠しやすくするため』であって『妊娠しない』ことを目的として作られたものではないの。だから男は、どんなときであろうと、女性の体の中に精子を男女ともに何の予防もなく入れてしまえば、妊娠する可能性が絶対にあるんだと思ってセックスをしなきゃ駄目。もし予防なしでセックスして妊娠しなかったってことがあればそれは偶々運が良かっただけよ。確立がゼロではない限り妊娠するということはありえる話なの。安易な誰かの噂程度の話を鵜呑みにして、自分の快楽を追いかけたいなら、悪いけど真由美以外の子とやってちょうだい。まぁ、お互いに妊娠することを前提でセックスをしているというのなら私は何も言わないけど、真由美も貴方も妊娠してないと聞いてほっとしているんだもの。そんな覚悟は無かったんでしょ?」

 竜也は言い返すことが出来なかった。

 登紀子の言葉が正しいことは誰が聞いても分かることだし、自分の快楽をといわれたことを否定することは竜也には出来ない。

「妊娠して真由美が中絶するって決めたならそうしてあげたでしょうけど、私はね、それは人殺しとなんら変わりないと思っているわ。そうね、私だったら子供だけを殺して自分は生きるって言うことはせずに産むし、産めない状況なら自分も死ぬわ。極端な話だし私個人の思いだからそれを貴方たちに押し付けようとも、そうしなさいとも言わない。ただそれだけの覚悟があるかってこと。愛を確かめ合うって言うのもいいけれど、遊びや快楽を追うだけならそれなりにきちんと予防策を講じてから望みなさい」

 黙ったまま、竜也は目の前のテーブルを見つめて、登紀子の言葉を受け止めていれば玄関から「ただいま」という真由美の声がした。

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