第34話

「膣の写真って言ったけど、竜也君は膣が何処のことか分かっているかしら?」

「えっと、大体は」

「大体ねぇ、まぁ、今の保健体育ではそんなに詳しくやらないだろうし、やったとしても貴方たちは茶化した態度で授業を受けているから頭に入ってないでしょうしね。膣って言うのは貴方が快楽を得るためにペニスを挿入しているその場所のことを言うのよ。そしてこれは真由美のその部分の写真」

 さらりと言ってのける登紀子とは裏腹に自分の彼女の母親からこんなにあけすけにいろんなことを言われると、竜也は逆に恥ずかしくなって顔を真っ赤にしていた。

「産婦人科の先生に言って特別にもらってきたの。貴方に見せたのには理由があってね、写真に印が沢山ついているでしょ。これ、何だと思う?」

「……わかりません」

「ちゃんと見ているかしら? まぁいいわ。これね、間違ったセックスをしたおかげで貴方が真由美の膣につけた傷よ」

「傷?」

「そう、手足で言えば擦り傷のような傷だったり切り傷だったり、貴方が間違ったことをするからついてしまった傷。貴方は気持ちのいい快楽の世界のセックスをしていたんだろうけど、相手の真由美にとっては苦痛でしかないセックスになっていたって言う証拠」

 苦痛という言葉に恥ずかしくて真っ赤になっていた竜也の顔は、どういうことだといわんばかりに疑問だらけの表情になる。

 そして恥ずかしさで瞳の端でしか見ていなかった写真を改めてじっと見つめた。

 確かに写真には何箇所にもわたって丸印がつけられているが、何処が傷なのかはよく分からない。

 しかし、産婦人科でというのだから間違いは無いのだろうと登紀子を見て「間違いってどういうことですか」と聞いた。

「間違いは間違いよ。セックスという行為は人それぞれで快楽の要所も違うからそれ自体に正解は無いけれど、貴方のは駄目なの。仕方ないといえば仕方ないのよ。セックスを教えるのも教わるのも恥ずかしいことみたいになっちゃっているから。それに、こうして傷ついているけれど、膣の入り口付近の痛みっていうのはすごくあるけど中のほうになればなるほど傷が入っていてもそれほど痛くないの。だから真由美も自分の体がこんなに傷ついているなんて分かっていないでしょう。でも傷は傷、放っておいて良いものじゃないわ。傷が治らないうちにセックスをして雑菌が入るなんてこともあるしね。貴方はどうしてこうなったのか分かるかしら?」

「どうしてって、僕がセックスしたからですか?」

「いいえ不正解よ。セックスしただけでこんなになるんだったら、世の中のセックスをしている女性皆がなるってことになっちゃうでしょ。そうじゃなくって貴方がアダルトビデオや男友達との情報交換でセックスをしたからこうなったのよ」

「間違ったセックス……」

「そう、このことよ。そういう性癖でないのなら相手を傷つけるセックスは正しいとはいえないでしょ?」

 竜也には登紀子の言っている意味がいまひとつ分からなかった。

 間違ったセックスをしたからだというのは、先に登紀子に聞かされていたから分かっていることであって何がどう間違っていたのかはわからない。

 しかもその原因はアダルト系のものなどから情報を得たことだというが、それがどうして間違いだといわれなきゃならないのかが分からなかった。

 竜也の表情が一体何を言っているんだと思っていることは一目瞭然で、登紀子も当然これだけの説明で竜也が理解するとはおもっていない。登紀子は一つ咳払いをしてから話し始める。

「まず、セックスというのは一人では出来ないわ。それが男同士であっても女同士であっても相手が居るのがセックスよ。それは分かるわよね?」

「何なんですか、急に」

「あら、それも分からない? 一人でやるのは単なる自慰行為よ。相手が居てこそセックスになる」

「それくらい、分かっています」

「そう、良かったわ。そこから説明しなきゃいけないのかと思った」

 突然のセックスについての話に、竜也は顔を赤くしてこの人は何を自分に話そうとしているんだと、帰ってしまいたい衝動が生まれたが、登紀子の真剣な声色がふざけているのではないことを物語っており、なんだか帰る雰囲気ではないことを悟ってじっとソファーに腰掛けていた。

「それじゃ相手が居たとして、互いにセックスって楽しい、気持ちいいと思えばいいけれど、そうではなく、その相手がそれを苦痛に思って自分だけが気持ちよく欲望を吐き出しているならばそれはセックスといえるかしら?」

 登紀子の疑問符になんと答えればいいのかわからないまま竜也は首をかしげる。

「残念ながらそれはセックスではなく、レイプであり一人エッチよ。自分で自分を慰める自慰行為となんら変わりないし、場合によってはそれよりも酷いわ。相手を踏みにじっているようなものだもの。そんなのはセックスとはいえないし、それでよけりゃそういう道具を使って一人でやりなさいっていってやりたいぐらいだわ」

 竜也は登紀子の厳しい口調が自身に向けられているように感じ、鼓動が徐々に早くなっていった。

 それと同時に自分が今まで真由美にしてきたセックスの現場が脳裏に思い浮かび、真由美の苦痛にゆがむ顔が思い出される。

「そろそろ私の言いたいことが分かってきたころかしら? 貴方が参考にしてしまったアダルト系の映像や漫画というのは基本的に男女の性欲に働きかけて、欲望を『見る』ことで興奮を促し自分自身で満たされない欲情を処理するという目的で作られているものがほとんど。確かにね、そういう目的で使うのには支障はないし、実際に現実では出来ないことを架空の世界で想像し興奮するにはいいものよ。でもそれは、欲望を満たすだけではない、好きな相手への行為の完全なバイブルにはならないのよ」

 登紀子はそういって紅茶を一口のみ、小さくふぅと息を漏らした。

 竜也は確かに登紀子の言うことは分からなくは無いと思いながらも、眉間に皺を寄せて登紀子に向かって反論する。

「でも、誰も教えてくれなければ仕方ないでしょ。男が知らないって女からはなんだか評価下がるらしいし」

「評価ねぇ、それは相手次第だと思うけど。そういう相手と付き合わなければ良いだけの話でしょ。女が皆、経験済みが良しとしているわけじゃないわよ。でも誰も教えてくれないっていうのは確かよね。だからセックスというのがどういうものか、女性の体がどうなっているのかを知るには、アダルトの映像や漫画ってうってつけの教材ではあるとは思うわよ。私が言いたいのはあれでやっていることを鵜呑みにしては駄目ってことなのよ。あぁいうものの中に、ちゃんと童貞の子のバイブルになるようなものがあればいいけど、まぁ、無いのよね。そうね、極端に言えばあの映像の中でレイプをしているから自分もやってみようと思ってはいけないって事。まぁ、常識があればそれくらい分かっているからやらないでしょ」

「そりゃそうですよ。そんなことしたら犯罪者じゃないですか」

「そうね、だからあれはあくまでフィクションの世界だと認識しておかないと駄目。ちゃんと何処を参考にするか、それをわきまえなきゃ。あぁいう類のものも馬鹿にはできなくって、極端な欲望を吐き出しているもの以外は参考にしても良いとは思うわ。たとえば女性とのセックスのとき、初っ端からペニスを膣に入れちゃったりはしないでしょ? まずは女の人の体を愛撫するところから始まる。なぜだか分かる?」

 登紀子に聞かれ竜也は考えてみたが、あれは自分が興奮するためのものであり、そうすることでこれからセックスをするんだという気持ちになるからだとしか考えられなかった。なので竜也の答えを待っている登紀子には「わかりません」と答える。

「あら、分からずにやっていたの? まぁ、分かっていればこんな風に真由美も傷つかなかったでしょうけどね。あれにはちゃんと意味があるのよ。その意味を自分の性欲を盛り上げるだけのための行為と思っているなら駄目。竜也君はそういう風にとらえていたんじゃないの?」

 直球で言って来る登紀子の言葉に竜也は圧倒されていた。

 自分の両親というならまだ分かるが、彼女の母親と自分はどうしてこんな会話をしているんだろうと思った。

 それに、こんなことを話してどうするつもりだとも思っていた。

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