第29話
あれから四日が経っても、父さんは一度として家には帰ってこなかった。
いったいどこにいるのか。
携帯電話を鳴らしてもとってくれることはなく、父さんの行動がどうなっているのかなんてあたしが知ることは出来なかった。
それに今は父さんのことよりも自分のことで精一杯。
冷蔵庫にはある程度の食料があるけれど、料理が得意なわけでもないからたいしたものは作れない。
ひっきりなしにかかってくる竜也からの電話とメールの音であたしは狂いそうだった。
家の中は荒れ果てている。
母さんが居ない、それだけでこんな風になってしまうものなのだろうか。
今まで母さんも父さんも、あたしにはなんだか居るだけで鬱陶しい邪魔な存在でしかなかったけれど、つくづくそれは自分勝手な考えだったんだと思い知る。
母さんがいてくれることでこの家はいつでも綺麗で、美味しい食事が食べられて、あたしの鬱々もこんなにはならなかった。
父さんが帰ってこなかったその日の夜。
あたしは無造作に丸められて捨てられてあった母さんが父さんにあてた手紙を拾って読んだ。
あたしには便箋に二枚程度だったのに父さんの手紙は四枚あって、いったい何が書いてあるのだろうと少し興味が出てしまったからだ。
皺を伸ばして一枚ずつ読み始めて、読み終わってから読んだことを後悔した。
そこに書いてあったのは母さんの口に出さなかった不満と父さんの裏切り行為。
父さんの行った母さんへの仕打ちはたぶん自分もやってしまっていたに違いないということも分かった。
「母さんは、あたしたちに愛想を尽かしたんだ」
当然だと思った。
だから積極的に母さんを探そうとは思わなかった。
そして同時に父さんが家に帰らずにどこにいるのかは想像がついた。
住所を知らないから場所は分からないけれど多分、この日向さんという女の人のところにいるのだろう。
「父さんは、あたしよりも女の人を取ったんだ」
何もする気が起きなかった。
起きることも食べることも何もしようとは思わず、ただ呆然とどこを見て何を考えているのか自分でも分からない中でペットボトルの水だけを飲んでいた。
自分の部屋に携帯電話を置いたままにし、土日が過ぎて月曜日になっても学校へ行かずリビングのソファーに寝っ転がって過ごす。
朝練も部活もそして学校も風邪以外で休んだのは初めてだった。
カーテンの隙間から入ってくる日光が赤くなり、消えた頃電話のベルの音が響く。
食べていないからか、それともろくに寝ていないからか。起き上がろうと頭で思ってもその命令が手足に到達するのに酷く時間がかかって動いてくれない。
いっそのことこのまま出ないで居れば、電話は勝手に切れてしまうかもしれないと思ったが、電話のベルはしつこくあたしを呼ぶので何とか体を起こして電話機の前にやってきた。
壁に背をつけ体重をすべて預けて受話器に手を伸ばす。
体だけでなく口すらも動かすことを拒否して「もしもし」の一言が出てこなかった。黙っていれば耳につけた受話器から、
「真由美? お母さんだけど」
という声が聞こえ、変わらぬ母さんの声に怒鳴るよりも先にあたしは頭や心の中で何かが切れたように大声で泣いてしまう。
受話器の向こうからは突然聞こえた泣き声に驚いている母さんの声が聞こえ「どうしたの? 」と何度も何度も聞いてくるが、あたしはその理由を喋ることができないくらい口から出るのは泣き声だけだった。
暫くして、しゃっくりのように何度も空気を吸い込んだあたしは、力の出ない動くことすら億劫だという体に無理やり命令し受話器に向かって叫んだ。
「母さんの馬鹿! 阿保! 父さんが帰ってこないの! どうしたらいいの! 助けてよ、帰ってきてよ! ……ごめんなさい」
暫くの沈黙の後、母さんは「大丈夫、すぐに帰るからね」と言って電話を切った。
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