第28話

「娘さんはそのきっかけをくれるのを待っているかもしれないですよ。娘としても普段からあけすけじゃなかったら、親にどこまで話していいものか分からないし、考えれば考えるほど分からなくなって、自分が言えばいいのにどうして気付いてくれないのよ! って逆ギレしちゃったり」

「やっぱりそう?」

「私だったらそうですけど、娘さんがそうかは分かりませんよ」

「そうねぇ、うちのは貴女とは正反対だから。それでも聞いてみないと駄目よね。私の方が長く生きているんだもの」

「あ、でも高校生ですよね? 娘さん。だったら聞くときに恐る恐る聞かれると逆に腹が立ちますよ」

「む、難しいわね」

「そういう年頃なんです。平松さんだってそういう年頃を経験しておばさんになったんでしょ?」

 ふふっと笑顔を見せて、こわばっていた体をやわらかくした水月に言うわねと登紀子も微笑む。

「それだけ言えれば、もう大丈夫ね。貴女は良い子だし若いから格好悪いと思っているかもしれないけれど、時には思いっきり泣いて思いっきり怒る、感情をその人に対して爆発させるのも大事なのよ」

 大きく胸をそらせて息を吸い込んだ水月はそれを吐き出しながら立ち上がった。

「前に『勝手に決め付けるな。お前のそういう顔が嫌いなんだよ、哀れんだような自分は耐えていますって主張しているような。もういい加減にしてくれ』って言われたことがあります。今日も夏樹さんによく似た事言われて。そういわれる意味がよくわかんなかったんですけど、今なら分かるかも。私、たぶん自分を通してしか相手を見てなくて、相手にしてほしいって与えられることばかり願っていたんですね」

「相手にしてほしいって思うことは悪いことじゃないけど、それを相手に期待して、してくれなきゃ勝手に裏切られたって思うのは間違いね。してほしいって思うなら言わなきゃいけないし、逆に相手もしてほしいかもしれないって考えなきゃね。……っていいながら私もやってないんだけど」

「私、お母さんと色々話してみます。今までのこともこれからのことも」

「そうね、それがいいわ。ついでにもう一つおせっかい」

「何ですか?」

「昼間の男の子にちゃんと応えてあげなさいね。まぁ、私としてはOKの返事で良いと思うけど」

 笑顔で去ろうとしたときに思いも寄らぬことを言われて、再び水月は目を丸くして登紀子を見つめた。

「お、OKって」

「だって、一目で変身した貴女を見破ったし貴女の過去を含めて愛しているって言ってくれそうだし。最終的にはかなり真剣な愛の告白をしていたじゃない? あれ本心だと思うわよ。貴女のこと笑顔にしようと必死だったし、男って言うのは現金な生き物だからね、興味が無い相手にそこまでやってあげたりはしないわ」

「でも私は、もう恋愛ごとは……」

「あら、それはもったいないわ! ぜひどんどんやるべきよ。失敗したら次こそってそれを糧にしてね。まぁ、その辺は人生経験豊富な皐月さんと色々話しなさい。ちなみにさっきも言ったけどおばさんから見て、あの子はいい物件、お買い得商品だと思うわ! 酒屋の次男って事は旅館に養子に来てもらっても大丈夫だし」

 ブイサインをしていってくる登紀子に少々困惑しながらも水月は「物件って」と少し微笑みを浮かべ「お母さんに相談してみます」と頭を下げ旅館のほうへと少し小走りで去っていった。

 いつの間にか太陽は光だけを残してその姿を隠し、暗くなっていく。

 いつもの仲居ではなく仲居頭の柏木が夕食を運びいれ、お世話になりましてと少し嬉しそうな笑顔を向けてお礼を言ってきた。

 偉そうなことを言っては見たが、気になっていた登紀子は柏木の言葉でなんとかなったのかと少し胸をなでおろし、夜に内線でかかってきた皐月の「ばらしたわね! でもありがとう」という妙な電話には「貸し一つね」と笑った。

 そうして自分も娘のことが気になり、受話器を置いてすぐに家に電話をかける。

 ずいぶん長い呼び出し音の後に電話に出た娘の声は憔悴しきっていて、父親が帰ってこないことを話し、自分は何も出来ないと泣きながら言う真由美の声に登紀子の顔はあっという間に強ばっていった。

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