第25話
二人が話に夢中になっているとき、公園の入り口には、
「白いワンピースのとっても可愛い思わず振り返ってしまうような美少女が走り抜けていったと思うんだけど見なかった? どっちにいったか知っているでしょ? 教えなさい」
と手当たり次第に商店中に聞きまくってたどり着いた登紀子が現れ、ベンチに座っている水月を見つけ、声をかけそうになったが言葉を飲み込む。
今まで見たことの無いような笑顔で水月が話していて、その相手が同年代っぽい男の子だったからだ。
二人の様子を木陰から覗いている登紀子の唇はゆっくりと引き上げられ、にやついた顔を完成させた。
(あら、細いけどしっかり筋肉はついていて笑顔も可愛いし、なによりあの水月ちゃんをあんなに笑顔にさせるなんて良い男じゃない)
微笑ましくもあり、なんだかじれったい気持ちで見つめていると、秋彦が突然真剣な顔つきになり、じっと水月を見つめ始める。
「な、何?」
水月が急に態度が変わった秋彦に首を傾げて聞けば、秋彦はゆっくり息を吸い込んで覚悟を決めたように吸い込んだ息を吐き出した。
「なぁ、水月はまだ梅田のこと忘れられない?」
突然のことに水月の心臓はばくりと跳ね上がる。
一番嫌な話題で誰もが触れないようにしてくれていた、そして自分も触れないようにしていた話がされ頭が真っ白になる。
顔の笑顔は自然に消えてゆっくりと首は下がっていった。
徐々に二人との距離を縮めていた登紀子の耳にもその話の内容は聞こえてきて(いったいこの子は何をする気かしら)と、もし責めるような態度をとったら出て行ってぶってやろうと身構えていた。
「好きで好きでしょうがなかったのは知っているから、全部今すぐ記憶から消して忘れろなんていえない。そんなに簡単に忘れられることじゃないだろうし」
そういいながら立ち上がった秋彦は沈んでいく水月の目の前に座り込み、ひざにおいている水月の手に自分の手を重ねる。
「僕はずっと水月を想ってきた。だから、この町に帰ってきてくれたときは本当に嬉しかった」
突然の告白が自分の耳に浸透して頭にしみ込んだ時、水月は自分の手の甲にある温かみのその先を見つめた。
そこにはとてもやわらかい微笑みとまっすぐな視線がある。
「忘れろとは言わない。それは水月が決めることだから。でも僕は水月の中にある梅田を僕で上書きして、さらに僕で埋め尽くしたいって思っている。水月が大好きだから。駄目かな?」
水月は自分を見つめてくる真剣な瞳から目を逸らし、自嘲するような笑みを浮かべて小さく言葉を吐き出した。
「私なんか、駄目だよ。やめたほうがいい」
「どうして?」
「何にも出来ないし、要領悪いし、面倒くさい女だもん」
「それ、梅田に言われた?」
秋彦の言葉に水月はびくりと体を揺らして目の裏が熱くなり、鼻がつんとして泣きそうになる自分に、泣いちゃいけないと言い聞かせ唇を噛み締める。
鼻からゆっくり息を吸い込んで鼻の中にあるつんとした痛みを和らげて「それに変な噂で秋彦君まで変な事いわれるかもしれない」と付け足した。
秋彦は、そんな水月の言葉に大きなため息をついて水月の手を握り締める。
「わかってないなぁ、梅田も水月も。水月は真面目なだけだろ。不器用だからって、誰よりも一生懸命になりすぎて周りが見えなくなるだけじゃないか。要領が悪いのも面倒なのも真面目なのが原因だよ。気楽にやって僕が気長に待てば良いだけの簡単な話じゃないか。それに噂なんて水月が気にするほどじゃないよ。商店の皆はもうほとんどあぁそんなことあったね位にしか思ってないし、もし水月がどうしても気になるって言うならそんな噂している奴は僕が殴ってやればいいだけだ」
「そんな簡単な話なんかじゃ……」
そういいかけて水月の頭の中に夏樹の言葉が思い浮かんできた。
(そういえば、夏樹さんにも同じようなことを言われた。そのときに夏樹は私のことを良く知っているやつがいる、私は周りが見えていないといっていたけれど、もしかして……)
水月は必死で泣くのを堪えながら少し顔を上げ秋彦を見る。
口調は先ほどと変わらず飄々としているようだったが顔は真っ赤になっていた。
「もしかして、夏樹さんに私のこと」
「あ~、姉貴のやつ自分のことは話さずにそんなこと話したのか。なんていうか恋愛相談というかそういうの話せるのって姉貴だけだったからさ。ごめん、嫌な事いわれなかった?」
「ううん、それは無いよ」
暫くの沈黙が続き、秋彦がたまらなくなって返事は? と聞こうとした瞬間、自分の携帯電話が鳴り響き心臓を大きく跳ね上がらせ慌てて電話に出た。
電話の向こうからは「てめぇどこで油売ってんだ! 」という兄の怒鳴り声が聞こえ、「さっさと帰って来い! 」という命令に反射的に「すぐ帰ります」と答え電話を切る。
「ごめん、兄貴にどやされちゃって帰んないと」
「うん、仕事中でしょ。こっちこそごめん」
無理やり顔に笑顔を作って言う水月の表情に、秋彦はたまらず水月を抱きしめていた。
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