第24話
水月は穿き慣れていないフレアのスカートに足をとられながらも走り、途中、自分が旅館のサンダルで走っていることに気付く。
今の自分とはあまりにミスマッチな状態にどうしようと周りを見渡し旅館から少し離れた足湯のある公園に入った。
この辺りにある伝説になぞらえて、公園には伝説に出てくる狐が沢山石造で作られており、公園のベンチも狐が戯れている変わった姿をしている。水月はそんな狐がいるベンチに腰掛け、大きく胸をそらせて息を吸って吐き出した。
何度か繰り返してやっと息切れが収まり、これからどうしたものかと考え込む。
もちろんこのまま旅館を出てどこかになんていうことは考えていない。
ただあんな風に飛び出してきてしまった手前、すぐに帰るというのも間抜けな気がする。かといってこの慣れない、恥ずかしい格好で友人の家にかくまってもらうなんてことも出来ない。
こんなことなら外に走り出すのではなく、自分の部屋に籠ってしまえばよかったと後悔しながら肩を落として地面を見つめていれば、目の前に立ち止まる足が現れ、それはなぜか立ち去ることをせずにそこにある。
いったいなんだろうかと思っていると右のほうを向いていたつま先がこちらを向いて一歩前へ。
「もしかして、水月か?」
この姿の自分が分かる人がいるとは思っていなかった水月は驚いて顔を上げた。
「水月だろ? すごい綺麗になっているから一瞬声をかけようか迷ったけど」
水月が顔をあげると明るい笑顔をみせる同じ年齢くらいの男性がそこにいて、どうやら自分のことを知っているようだったが水月にはそれが誰か全くわからず首をかしげる。
その水月の様子に、まぁそうなるだろうなと少し残念そうに笑顔を浮かべた男性は水月が座っているベンチの空いている場所に腰を下ろした。
「誰か分かってないんだろ?」
「えっと、ごめんなさい」
「まぁ、仕方ないか。あの頃お前は梅田先生ばっかり追っ駆けて、結局この町まで出て行ったんだもんな。他の男子の事なんて目に入ってなくて当然だ。二年間同じクラスだったんだけど、わかんないだろ?」
「同じクラス?」
そういわれて考えてみるが、同級生の顔は数人しか思い浮かばない。
それにあの頃のことは思い出したくない出来事でもあり水月は下を向いて小さくごめんなさいと呟いた。
その水月の様子を見て男性は慌てて声をかける。
「いや、ごめん。今のは僕が悪かったよ。変なこと思い出させちゃって。えっと、覚えてないなら今覚えてくれる? 僕は藤堂秋彦。藤堂酒店の次男だよ」
「藤堂酒店ってうちの旅館にお酒をおろしているあそこ?」
「そうそう。今旅館で姉貴が働いているだろ? 自分から田舎が嫌だって飛び出したくせに失敗して戻ってきてさ、しかも出戻りで。って言ってもまだ離婚はしてないみたいなんだけど。で、毎日毎日働きもせずにだらだらしてっから、見かねた親父が何とかしてほしいって女将に頼んで雇ってもらっているんだ」
「そんな人、居たかな?」
「日暮夏樹ってのがいるだろ?」
「な、夏樹さんが! し、知らなかった」
「なんだ、姉貴に聞いていたんじゃないのか。電話してくるからてっきり知っているものかと思っていたけど」
「電話って?」
「水月が居なくなったから探せって命令されたんだ。お前の嗅覚なら見つかるって」
「嗅覚って、そんな犬みたいに」
「まぁ、見つけたけどね」
明るく言う秋彦の笑顔につられるように水月も笑い、その笑顔に秋彦も水月にとって辛いことを思い出させそうになってしまっていたが、何とか話題を逸らすことができたとほっとした。
水月にとって高校時代の友達に会うのはとても辛いこと。
小さな町でほとんどの人が水月のしでかしたことを知っているが、中でもクラスメイトは特に担任であり、水月が追いかけていってしまった梅田のことも良く知っていて、当時の状況を誰よりも詳しく知ることが出来る。
実際、現在友人として付き合っているのは中学時代の友達であり、同じ高校の友達ではない。
水月のやってしまったことを理解して一緒に居てくれる友達。
おそらく高校時代の友人もそういう人が居るだろうが、水月にとって少しでも梅田の話題が出るのは怖かった。
だから秋彦がクラスメイトと分かって水月は少し警戒していた。
しかし秋彦は、最近の話やこの町のこと自分の仕事のことについてはぽんぽんと楽しく話すが、高校時代の話は一切しないため、ほっと安心して水月も久しぶりに笑顔を見せながらいろんな話をする。
「それにしても綺麗になったな。まぁ、女将さんが綺麗だから当然といえば当然だろうけど」
「これは今、宿に来ているお客さんにやられちゃったの」
「え! 客がそんなことしていいの?」
「まさか、普通はしないよ。でもそのお客さん、どうもお母さんと友達みたいで、お客さんっていうより親戚のおばさんみたいなのりの人でね」
「へぇ、普段の水月もいいけど、今も可愛くて良いと思うよ」
面と向かって真剣に言われ、水月は顔を真っ赤にして下を向いた。
恥ずかしいと思うと同時に「普段」のといわれたことに首を傾げる。
「普段って、どうして知っているの?」
「兄貴が酒を届けに行くときに手伝いで旅館のほうにはよく行くから」
「声かけてくれればいいのに」
小首を傾げて言ってくる水月に、お互い仕事中だろと応えた秋彦だったが、本当は自分に会うことで梅田との事を思い出すんじゃないかと思って声をかけていなかった。
旅館と長い付き合いのうえ、秋彦の父と水月の母は同級生と言うこともあり、秋彦はいろんな事情をこの町の噂程度で知っている連中よりも知っている。
また、それだけではなく、秋彦の瞳は学生時代からずっと水月を追いかけており、いまだにその気持ちが薄れることは無かった。
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