第23話

「やっぱり、着替えます」

「どうして? とっても似合っているわよ。気に入らない?」

「いえ、そうじゃないですけど。こんな格好したことなくて恥ずかしいんで」

「あぁ、そういう理由、それなら却下。綺麗になったんだから外に出ないと意味が無いでしょ」

 笑顔で言う登紀子に、それはそうですけどと小さく言った水月は自分とは違って先ほどとあまり変わりの無い登紀子の姿をじっと見た。

 考えてみれば自分の変身には時間を割いていたが。登紀子自身は自分が着替え終わるまでの数分で用意をしてしまっている。なんだか申し訳ないような気分になっていると登紀子が、

「こんなおばさんが着飾ったら、ただの派手派手しい見ちゃいられないおばさんが出来上がるのよ。私には似合わないことを私は知っているってだけ」

 と、笑顔で言ってきた。

「じゃ、私も。こんなに綺麗な洋服は私には似合わないから」

「あら、言うわね。でも駄目よ、貴女は自分を殺しているでしょ。それは自分を知っているとは言わないの」

 口元に微笑を見せた登紀子は、水月の手首を持って無理やり離れから出て旅館の中を歩いていく。

 恥ずかしさで真っ赤になる水月だったが、普段とあまりに違う格好をしているせいか意外にもそれが水月だと分かる人は少ない。すれ違った中で水月だと気付いたのは女将の皐月と仲居頭の柏木だけだった。

「おやまぁ、どうしたんですかちい嬢様。そんなに綺麗な格好をして」

「柏木さん。なんていうか、なりゆきで」

「本当に水月なの。見違えちゃったわ」

「ふふん、良いでしょ? 私のコーディネートなのよ」

 得意げに言う登紀子に皐月は首を横に振って「違うわよ」と言う。

「水月がこんなに綺麗になるのは元が良いからよ。やっぱり私の娘。これで親子二代美人女将って売り出せるかもしれないわ。とはいえ、登紀子のみたてもなかなかよ。このワンピース、水月にぴったりだわ。主婦の有給ってアイデアも良かったけどこれもナイスね」

「女将、ナイスは古いですよ。こういうときはいいね! っていうか、グッジョブ! っていうののが今流なんです」

「……正子さん言うわね。私達の中で一番年取っているくせに」

「年なんて関係ございませんでしょう。私は現役ジャニーズの追っ駆けですからね、年齢相応なんていってられません。それにしても本当にちい嬢様はお綺麗になって、一瞬分かりませんでしたよ。いつもこういう格好をすればいいんじゃないですかねぇ」

 旅館のロビーの裏手にある事務所の入り口で、とにかく自分を褒めてくる二人に恥ずかしさが最大に込み上げた水月は、思わず自分の手を握っている登紀子の手を振り切り旅館を飛び出してしまう。

 慌てながらも表玄関からではなく裏口のほうへ走り去る水月の後姿を眺め登紀子は思わず、

「さすがに教育が行き届いているわね。裏口のほうへ行っちゃったわ」

 とのんきに感心していた。

「感心している場合じゃないでしょ」

「あぁ、そうね。あんなに綺麗になったのに急にどうしたのかしらね?」

「どうしたのかしらじゃ無いわよ。登紀子~、ちゃんと連れ戻してくれるんでしょうね。私こういうのトラウマになってんのよ」

「それは大丈夫よ」

「本当でしょうね。何がどうして自信満々なのかは知らないけど、絶対に連れ戻してよ、また出て行かれて帰ってこないなんて事はないようにして頂戴。つれて帰ってこないと宿代倍額請求してやるからね」

「……えげつないわね」

「当然でしょ」

 重たいため息を深くついた皐月に対して大丈夫なのにと少し不満げに、登紀子は旅館の表玄関においてある自分の靴を持って従業員が驚く中裏口に回って靴を眺める。

 ちょうどそこに夏樹がやってきたので手招きして聞いた。

「ねぇ、水月ちゃんの靴がどれだか分かる?」

「水月のですか? ってかお客さんですよね。こんなところで何しているんです? それにここに裏口あるの良く知っていましたね」

「今は客でも昔ここで働いたことがあるからね。それより、靴はわかる?」

 夏樹は変なおばさんが居ると思いながらも、靴箱を一通り眺めて二つの靴を指差す。

「水月のはこれとこれですね」

「じゃぁ、無くなっているのは?」

「ホント、いったい何なんすか」

 変なおばさんの質問に眉間に皺を寄せ、疑いのまなざしを向けてくる夏樹に仕方がないと一通りの説明をした登紀子。

 説明を聞いた夏樹は大きく噴出しながら笑った。

「アイツらしいっちゃらしいけど、それでどうして靴なんすか」

「靴って重要よ。年頃の女の子だもの、変な靴だったら遠くにはいけないでしょ?」

「あぁ、なる。おばさん頭いいんだねぇ。えっと、無くなっているのは夕方分の仕入れに行っている岡さん、番頭の吉さん、あとは旅館のサンダルだけ」

「ってことは、サンダルで出かけちゃったってわけね」

 ふふんとまるで名探偵にでもなったかのように、得意げに鼻息を鳴らした登紀子は自分が持ってきた靴を履いて夏樹に握手する。

「ありがとう、助かったわ。言葉使いはまだまだだけど、気持ちのいいところはなかなかよ。向いていると思うから頑張ってね」

「……お見通しってやつっすか。まぁ、今回は親父の顔もあるし辞める気は無いっすよ。あぁ、それと、水月捜索にぴったりの奴が居るんで連絡しときます」

「あら、誰かしら? でも助かるわ。そうねぇ、私携帯持ってないから連絡つかないけど、三十分探して見つからなかったら帰ってくるから何か情報あったら教えて頂戴。まぁ、見つかると思うけどね」

「そうっすね。では、お気をつけてお客様」

 にやりと微笑んだ夏樹に「貴女も言葉にお気をつけて」と嫌味交じりに返事をして微笑みながら手を振り裏口から外へ走っていった。

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