第19話
「貴方一人ではどうしても駄目だというなら派遣社員として貴方の下で働いている日向さんをこの家に呼んでもいいですよ。彼女なら貴方のことを知り尽くしているでしょうから、かいがいしくお世話をしてくれるかもしれませんね。私が何も知らないと思ったら大きな間違いです」
そうだ、あいつは手紙で俺を脅していたじゃないか。
というよりも、考えてみればあれはこの関係が登紀子にはとっくにばれているということではないのだろうか。
「真理、登紀子に俺たちのことを話したか?」
真理の肌の感触を楽しんでいた手を止め真理に聞けば、はぁはぁと息をしながら真理は首を横に振る。
「まさか。私は清史さんに奥さんと別れてほしいとは思ってないからそんなことしたりしません。そりゃ、寂しいしずっと清史さんに抱かれていたいって思いますけど。清史さんには奥さんもお子さんも居るって分かっていてこの関係をって私が望んだことだから。それに、そんなことしなくても清史さんの中では私が一番でしょ?」
快楽を我慢して、真っ赤な顔になって言ってくる真理の言葉に偽りはないように思えた。
では、登紀子はどうして、いつからこのことを知っていたんだろうか。
そして、知っていながらなぜ俺を責めなかったのか。
もしかして、今回の家出はこのことに対しての抗議なのか。
先ほどまで休日出勤の仕事を終えてからの真理への欲望が頭の大半を占めていたが、登紀子にばれているかもしれないということを考え始めると、欲望は徐々に隅へと追いやられていく。
「清史さん? どうしたの?」
じっと考え込む自分を見て聞いてくる真理には「なんでもない」と答えたが、俺の頭の中はすでにさまざまな事態が思い浮かんで、それをかき消すという作業が繰り返されていた。
「し、仕事だ。とにかく仕事を終わらせよう」
自分に言い聞かせるようにして、真理には仕事が終わったら家に行くと伝え会社から帰らせる。
真理は急な自分の態度を少し訝しげに思ったようだったが絶対に来てねと念押しして帰っていった。
仕事をしている間は忘れていたが合間に思い出し、登紀子はいったいどうしてということばかりが頭を支配する。
どうやって知ったのか、どうして知っていながらいわなかったのか。いくら考えても答えは出てこない。
仕事の効率は下がり、夕方までにおえるはずの仕事は結局日が沈むまでかかってしまい、仕事を終えた後も頭の中はばれているとしたならどうしたものかという考えばかりが回っている。
そしてそのことを考えれば考えるほど俺の足は家から遠ざかり、約束してあったこともあって真理の家に向かって歩いていた。
一度家に帰ってという考えもちらりと浮かんだ。
でももし登紀子が帰ってきていたらどんな顔をして会えばいいのか分からないし、帰ってなかったら真由美と二人で長い時間過ごさねばならない。どちらにしても家に帰る気にはならず、答えの出ない疑問や不安など真理を抱いて忘れてしまおうと思った。
真理は一軒家の借家を借りている。
以前はアパートだったがどこに会社の人の目があるかは分からないので、半額を俺が出し会社の特に自分の部署の人間の家が無い場所で、人目を気にすることなく入れる裏口がある一軒家を借りさせた。
道路に面した玄関を通り過ぎ、人が一人入れるほどの横道を裏手に向かって入り、裏口のドアを五回ノックする。すると暫くして真理が鍵を開け俺は中に入って真理を抱きしめるのだ。
「今日はごめんなさい」
素肌にエプロンをつけた真理が俺に抱きつきながらいきなり謝ってきたのでどうしたんだと聞けば、俺の態度がおかしくなったのは自分が勝手に会社に押しかけたせいだと思ったらしく、それに対して謝ったのだという。
真理は本当になんて可愛いんだろうか。
俺はそんなわけは無いだろうといい、鞄をその辺の床に投げ出して、すぐさま真理の体に手を這わせ豊かな胸に顔をうずめる。耳元でと息とともに吐き出される真理の鈴のような声が頭の中にあった嫌な事柄をすべて流して行ってくれるようで、俺はその日、無我夢中これ以上ないほどに激しく真理を抱いた。
その日、俺は結婚して初めて家に帰らなかった。
そして、どんなに何回と無く真理を抱こうとも気分が晴れることは無い。
日曜日の朝、父さんが昨日から戻っていないことに気付いた。
私は両親に見捨てられたのかもしれない。
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