第17話
そして二ヶ月前に事件は起こる。
あたしも大会が終わり大会前のような忙しさのある部活動が無くなり、久しぶりに竜也とのデートをした。
デート自体はとても楽しいのだが、終盤になればあたしにとっては苦痛のセックスが始まる。
痛さをこらえ「気持ちいいでしょ」と決め付けるように言ってくる竜也に気を使って感じている振りをするセックス。
セックスで気持ちいいとも、楽しいとも、嬉しいとも思ったことなんて一度も無かった。
あたしにはただ(早く、早く竜也が満足してこの時間が終わりますように)と願うだけの時間だ。
今まで週に一度は会っていたし、二週に一度はセックスをしていた。が、このときは一ヶ月会わず、もちろんあっていないからセックスもしていなかった。
それがいけなかったのかもしれない。
激しく揺らされていた体の動きが止まり、終わったのかと少しほっとしていれば、背中に覆いかぶさるようにして竜也が耳元で荒い息を吹きかける。
いったいなんだろうと思っていれば、次の生理の予定は何時なのかと聞いてきた。そんなことを聞いてどうするのかと聞き返しても、いいから答えてというばかりなので仕方なく答えれば、
「じゃぁ、安全日ってやつだよね?」
と耳元で言った。
嫌な予感がしてベッドから逃げようとしたけれど、背中から羽交い絞めにされ逃げることも出来ない。
初めて竜也を怖いと思った。男の人の力が怖いと思った。
「ヤダ! 竜也、何する気よ!」
すごく叫んだつもりだった。
でも出てきたのはかすれるような声で、竜也の行動はとまらず、何度も何度も叫んだけれど、大丈夫という声が一度聞こえたきりそのまま、あたしの中に竜也が何の防御もしないまま入り込んできた。
胸の辺りに嫌な気持ちが広がり、体を出来る限りひねって逃げることだけを考えてとにかくやめてほしいと叫びつづけたが、あたしの声はのどの奥から口元にでてくることはなく、声にならない声に当然のことながら竜也が気付いてくれることは無い。あたしの苦痛はさらに苦悩となって終了する。
あまりのことに暫く気を失っていた。
気付いたとき、夢であれば良いと思ったけれど股の中央からお尻に向かって流れ出る温かいものが現実であると嫌でも知らせてくれた。
そのときに泣きじゃくれば少しは違ったのかもしれない。
でも。不思議と涙は出てこなかった。
呆然としているあたしに竜也は心配する声をかけてきたがそれは妊娠に対してではなく、あたしが気を失ってしまったことに対してで、やっぱりゴムをつけないと気持ちよすぎるからやりすぎちゃうんだよね、なんて勝手なことを言った。
安全日って何?
妊娠していたらどうするの?
呆然としながらも心の中の疑問を口に出して言えば、ネットでちゃんと調べたから大丈夫だと自信満々に言う。
汗ばんだ自分の体が酷く汚いものに思えて起き上がったあたしは、すぐにシャワーを浴びに風呂場に向った。
扉を閉めて、シャワーヘッドを股間に当て、自分の指を押し込み、出来る限り精液が自分の中から出て行くように体を洗う。
ホテルを出てからは怒鳴ることも泣くことも疑うことも何一つ出来ないまま、あたしはなぜかいつも通りに家に帰ってきた。
こんなこと、両親に相談なんて出来ない。
友達にも無理だ。
安全日なんていうものが本当にあるのか、不安を解消したくてネットで調べたけれどその仕組みが良く分からない。
ただ妊娠しない安全日なんてものは存在しないことはわかった。
確実に避妊したければ男も女もそれなりの予防をしてセックスを行いましょうということもわかった。
コンドーム以外にも避妊のためのさまざまなものがあることをその時知った。
こんなことになるならそういう薬をネットで買って置けば、リングを入れておけば、男に任せずに自分でも何か予防をしていれば、いろんな考えが頭を巡ったけれど、今更そんなことを思ったところで後の祭りだ。
誰もそんなことを教えてくれなかったし、事後避妊のためのピルを今手に入れたところで何の意味もなさない。
ネットによればあれは72時間以内に使わなければならないものらしい。何より、そのために病院で診療を受けるなんて無理だ。
あたしはそれからただ、どうか生理が来ます様にとそれだけを願って日々を過ごしていた。
それ以外にあたしに出来ることははっきり言ってなかった。
薬局に行って検査薬を買おうとして何度もやめた。結果が出るのが怖いのもあったけど、何よりそれを買う勇気がなかった。どうして良いのか一人では分からない。悩みが膨らむほど苛立ちも膨らむ。
しかし、あたしの願いは神様に聞き入れられることは無かった。
いつもの予定通りならば、あのセックスの四日後には生理がくるはずだった。多少の前後はあるだろうが予定日から十日も遅れているのに来ないなんて今まで無かったこと。不安だけが膨らんでいった。
両親に悟られないように生理が来ているような芝居までして次の月に期待していたがそれも無かった。
誰にも何もいえないまま、自然と竜也には会わなくなった。
あってどんな顔をすればいいのかわからなかったし、あたしの不安をぶつけて竜也の態度を知るのも怖かった。
肯定されても否定されてもどちらの態度をとられても嫌だという思いがあり、自分の思いや考えが全く分からない。
ただ、不安だということだけが分かっていた。
部活が忙しいと言い訳し会わなくなって、あのセックスから本当であれば三度目の生理がくるはずの日が間近に迫ったとき、母さんが居なくなる。
父さんに話すなんてとてもじゃないけど出来ない。
ただでさえあたしの態度に怒って、母さんの勝手に苛立っている。こんな話をすれば頬一つ叩かれたぐらいではすまないだろう。それ以前に話そうにも話せる雰囲気なんてこの家の中に在るはずが無い。
このごろは竜也からの電話とメールがひっきりなしだ。
きっと、言わなくても何かを感じ取って確かめたいのかもしれない。でも、あたしは電話に出る気にもならず、いつもメールでごめんね、忙しいんだと返す。
「あたし、どうしたらいいの……」
呟いたと同時に携帯電話のメールの着信音がなり、開いてみれば竜也から。
「今家の近くまで来ている。会いたい。家に居る?」
「ごめん、今日は家族で出かけていて今家に居ないから会えない」
またあたしは嘘をついて、布団にもぐりこみ携帯電話の電源を切った。
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