第16話

 結局、母さんが帰ってくることは無かった。

 目が覚めた時にはもう9時になっていて、今日が土曜日じゃなかったらきっと遅刻していただろう。

 学校のある日は7時頃、土日に予定を言っていなければ8時には必ず母さんが起こしに来た。

「休みだから何時までも寝るっていうのもいいけど、朝に一度は起きてそれでも眠かったら寝なさい。朝おきるって言うのは大事よ」

 そういって必ず起こし、眠くて二度寝をした場合はそのまま起こされることは無い。

 それが母さんのルールらしかった。

 昨日思い切り泣いたせいなのか、なんだか体が重くて足を引きずるように起きて来たが、朝食のいいにおいはしない。

 それどころか、昨日いつも以上に綺麗だったリビングはなんだか散らかされていて、余計に気持ちが重くなった。

 ご飯も炊いていない、流しにはカップ麺の容器が二つ。

 昨日の夜と朝、父さんが食べたものだろう。

「そういえば、父さんは……」

 投げ出されたままのカップ麺の容器を見て思い出したように一階を探し、二階の寝室も探したが姿は無い。

 どうやらもう出勤した後のようだ。シャツの場所がわからなかったのか二階の寝室は洋服が散乱している。

 たった半日程度母さんがいないだけでこんなになるのかとため息が出たが、昨日の父さんの態度を思い出すと片付けてあげようという気には全くならず、台所に行って冷蔵庫をあけ、目に映った食パンを焼かずにそのまま食べてすぐに部屋に戻った。

 携帯電話を取り出し眺めてみるが母さんからの連絡は無い。

 電話をかけてみたけれど、呼び出し音が家の中から聞こえて母さんが携帯電話を持って行ってないことがわかった。

 こちらからの連絡をとる方法は無く、いったいどこにいったんだろうという少しの苛立ちと、もう帰ってくる気は無いんじゃないかという不安が入り混じってなんだかとても苦しい。

 何をする気にもならずにベッドに横になっていれば、手に持ったままの携帯電話が鳴り響き、あわてて携帯の画面を見ると、竜也の名前が点滅していた。

「なんだ、竜也か」

 着信音が鳴り響く携帯電話を床に転がして、天井をみて大きくため息をつく。


 竜也とは中学2年、もうすぐ3年になるというホワイトデーに逆告白されて付き合い始めた。

 クラスも違う全く知らない男子。

 イケメンって言うほどではないにしてもブサイクでもない。告白されて相談した友達が「竜也くんって結構競争倍率高いんだよ」っていっていたからそんなに悪いやつでもないんだろうって思っていた。

 でも普通だったらいきなり知らないやつに告白されて、相手のことを知らないまま付き合うかって言うと付き合わないと思う。

 だけど、その時は周りの友達はすでに付き合っていてエッチもしたって子ばかりで、あたしは全然だったから焦っちゃっているところがあってOKしてしまった。

 引き締まった体をしているからてっきり運動部なのかと思ったけど、まったく違って帰宅部。

 友達の話もほとんど合ってなくって、趣味は料理で家庭科が大好き、家庭科なんて大嫌いだと思っているあたしとは正反対の男子だった。

 あたしは知らなかったけど女子には相当人気があるみたいで、付き合っているってことが知れ渡ると何かしらと陰口なんかが増えた。

 けどあたしはそういうのは全く気にしないタイプ。たぶん母さんの性格をもらったんだと思う。家事ができなくて掃除も嫌いなところは父さんに似たんだと思うけど。

 だから不思議に思って竜也に、

「ねぇ、どうしてあたしに告白してきたの?」

 って質問したことがあって、竜也は、

「だってバトミントン部の試合を見に行ったときにすっごくカッコ良かったから。それに、何でもはきはきしていて気持ちいい子だなって思ったんだ」

 って返してきた。

 嬉しいって思うよりもなんだか申し訳ない気がしてきて「あたしなんて掃除も出来なければ料理も出来ないのに」って呟けば「いいじゃん、僕が出来るんだから」って。

 竜也のそばに居るのはとても心地良いし嫌いじゃない。

 そんな気持ちが続いて、好きなのかどうかも良くわからないまま「男女交際」は次第にステップアップしていく。

 手をつないでキスをして、中学三年のクリスマスイブに初めてを体験した。

 意外で驚いたのは竜也が経験済みで、しかもエッチのときはいつもと違ってやたらと主導権を持っていくこと。

 初めてのセックスの後は痛くて暫く歩くことすら大変だった。

 何がなんだかわからないうちに終わって、セックスっていったいなんだろうって思うくらい。

 ドラマや漫画で見ていたのとはまるで違う。セックスをすることが気持ちよくて嬉しくて愛しているを再認識するようなそんな甘いものだと思っていたけれど全然違った。

 痛くて、でも痛いといって良いのか分からなくて隠して、隠しているから竜也は気付かなくて。

 初めての経験はこんなものなのか、それが知りたくて経験済みの友達に相談したけど痛いって歩けなくなるほどじゃなかったわよといわれ、さらにそんなに痛いって竜也が下手なんじゃないかとも言われてしまった。

「経験済みだからって上手いとは限らないしね」

 友人にそう言われて、それはそうだろうけれど、あたしは竜也が初めてで比べる対象がいないため、それが下手なのかどうなのかは全くわからない。

「十分濡れた状態でやってくれた?」

「そんなの、よくわかんなかったよ。なんていうか頭がパニック状態で」

「初めてだから仕方ないか。でも今度の時は注意しておいたほうがいいわよ。もし、濡らさずに自分の欲望だけで突っ込んでくるようなら痛くて当然だし、セックスは下手糞ってことだから。それと、自分はどれくらい濡れることができるのかも知っておいたほうがいいわよ」

 そういわれて初めて自分でやってみて、本当にびっくりした。

 不思議な気持ちと、湧き上がってくるいろんな衝動。それに濡れるってこういうことなんだって思った。

 性教育なんてされた覚えもないし、こんなこと、皆はどうやって知ったんだろうって不思議でしょうがなかった。

 それと同時に学校の保健体育は役に立たないんだってそのとき初めて知った。

 そして、竜也はあたしのことは全く考えてくれないでセックスしているんだって言うのもわかってしまった。

 竜也と居ると本当に気持ちが良いし居心地がいい。色々駄目なあたしを知ってもあたしを包み込んでくれていると思う。

 嫌いじゃないんだ。

 でも、セックスをするたびに自分勝手なこのセックスは本当に愛しているから求められているセックスなのかと疑心暗鬼になる。

 そんな状態で違う高校になってもあたしは竜也と付き合い続け、竜也も可愛い子は沢山居るはずなのにあたしと付き合っていた。

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