第3話

 そう、登紀子のもう一つの不満は夫の清史のことである。

 結婚してもう何年たつだろうか。

 そんなことを考えるようになったら年を取った証拠だと友人に言われたが、そういう考えが思い浮かんでしまうのは仕方がないことだと登紀子はため息を飲み込む。

 自分は、夫のしぐさや態度でその時の夫の機嫌を図ることが出来るのに、清史はそれがぜんぜん出来ないのだ。男だからというのもあるかもしれないが、それにしたって長く一緒に居るのにここまで気付かないものだろうかと思ってしまう。

 しかも、このところ清史の口からでてくるのは真由美の態度に対する文句か、仕事の愚痴ばかり。楽しい話題やテレビのことなど話を振っても上の空で、後で「そういえばあの時」なんていっても覚えていることなど一度も無い。

 こんな状況が数年続いていて、登紀子はいったい家族とは何なのだろうとふとした拍子に思ってしまっていた。

「男なんてそんなものよ、いいじゃない、こっちはこっちで勝手に楽しんでおけば」

 偶然買い物途中で出会った友人にほんの少しだけ愚痴を言えば「そんなの気にしたほうが負けよ」とからから楽しげな声で言う。勝ち負けなど考えていないし、勝手に楽しむなどという気持ちに登紀子はならなかった。

「勝手にね、といっても先立つものもないしね」

 そう友人に冗談のように返事をすることが多かったが、実際自分に使うお金の余裕などないと思っていたし、登紀子の買い物はどんなものであろうとまずは家族のものを買っていた。

 化粧もお洒落もそこそこの登紀子は自分のものは最低限買わないように、買ったとしても安くて良いものを買うように心がける。

 ある意味それは、登紀子の専業主婦としての矜持。

 自分の体が弱いため家計を助けるために働きに出ることもできない。

 当然それは清史も承知の上ではあったが、働けない自分の代わりに清史は一生懸命に外に出て働いて給料をもらってきてくれている。

 口を開けば愚痴だらけ、そんな愚痴を言いたくなるような状況の会社で朝から晩まで、時には休日出勤までして稼いでくれているのだ。

 そのお金を家族のために使うのならまだしも、自分の楽しみのために使うというのは登紀子には出来ないことだった。

 登紀子の愚痴はあまり理解されない。愚痴というのは自分の中に出てきた不満の話であって理解してもらうのは元から難しいものかもしれない。そう思いつつも真由美や清史に対する不満を誰も理解してくれないという苦しみはあった。他人に理解されない状況だからこそ家族だけは理解してほしいと思うがなかなかそれもままならない。

 二人に対しての不満は同時に、自分の気持ちと家族の気持ちが繋がらないことへの不満でもあった。

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