第37話 [シオ]車とスーツと使徒
「具体的にはどんなプランですか?その手段や手筈についてですが」
僕はちょっと勇気を出して質問してみた。
「ご質問ありがとうございます。このようなプランを考えております」
スムさんは伸びた背筋をさらに伸ばし、あらためて気合いを入れたようだった。
「先ほども申しました通り、わたくしは一度失敗しておりますため、過去谷のみなさんに良く思われていません。なのでわたくしの弟子を派遣したく思っております。しかし彼女はまだ若く、過去谷の誰とも面識がないため、心を開いてもらうには少し時間がかかるのではないかと考えております。そこで」
スムさんはオンダさんを見た。
「そこで、オンダ殿に表に立っていただこうと考えております。オンダ殿でしたら、過去谷にお知り合いもいますし、どの異形谷にも所属されてませんので、中立的なお立場と認識していただけると思います」
スムさんの話は理路整然としていて、活舌良く、声も聞きとりやすかった。
「何よりその飾らないお人柄ゆえ、アウトミラーにはオンダ殿を慕っておられる方も多くいらっしゃるので……」
少し恥じらいながら、スムさんはそう付け加えた。
「お前にそんなことができるのか」
カショウは若干バカにしたような口調で、オンダさんに訊ねた。
「昨晩彼女からその話があって、まあいちおう練習はするつもりだが……」
そのとき、扉をノックする音がした。
「彼女が来たようです。どうぞ、入ってらっしゃい」
「失礼します」
その女性は扉を閉めた後、こちらに向き直り、お辞儀をした。
「ウシカと申します。よろしくお願いいたします」
正直な感想を言うと(人の見た目をとやかく言うのは抵抗あるけれど……)、この谷の、個性的できらびやかな人々の中で、彼女はいたって普通の人だなぁという印象だった。
「うーむ……」
オンダさんが小さく唸り声を上げた。
「彼女は私の自慢の弟子です。彼女はあまり外見的な美の追求に興味がないので、日々癒しの技能を追求しています。すでに生まれ持った美に満足してるということかもしれませんね、フフ」
「いえ……」
恥じらうウシカさんを、スムさんは愛おしそうな眼差しで見た。
僕も、彼女の自然な美しさは好ましいと思った。別に異性として意識するわけじゃないけど。
「先ほどのご説明に戻らせていただきますと、ウシカはオンダ殿の弟子という立場を取ります。オンダ様が過去谷のみなさんとコミュニケーションをとって抵抗感を取り除いていただき、その後、ウシカが癒しのワークを実践するという流れを考えております」
「え?お前、コミュニケーション一番苦手じゃないの?」
またカショウが茶化した。
「実は俺もそこが心配なんだ」
オンダさんは腕組みをして唸った。
「大丈夫です。オンダ殿はそのままで、いつものままで皆さんと接していただければ良いのです。無理して会話を弾ませたりすると逆効果ですわ、フフフ」
「わかった!ペットみたいなもんだな!大人しいペット相手に警戒する人間はいない」
カショウ、いくらなんでもそれはオンダさんに失礼だ。
「なるほど。それなら俺も多少気がラクかもしれない」
「フフフ。ともかく、多くの方に慕われてるオンダ殿の弟子という立場を取らせていただくだけで、事は滑らかに進むのではないかと考えております。今回はひとまず、過去谷でこのプランを実施しまして、その他の異形谷については、今回のフィードバックを交えつつ、進めていこうと考えております」
一通り話が終わり、会議はお開きとなった。
「できれば今晩、その癒しのワークをご覧に入れたいと思っています。いかがでしょうか」
カショウと僕は顔を見合わせた。
「今日中にここを出るつもりだったんだが……」
「そんなことおっしゃらずに。特にお急ぎの理由はないのでしょう?」
「まあ、それはそうだが」
「あ!よろしければ、車をお出ししますわ。ウシカは運転も得意ですので。他にも必要な物資ありましたら、車に積ませます。そうね、替えのスーツもあったほうがいいかしら……」
スムさんはぶつぶつ独り言を言って、僕たちの今後に必要になりそうなものを、頭の中でサーチした。
「ウシカちゃん、スーツ手配できるか確認しといてくれない?あと食料と」
「はい、わかりました」
「いやいや……」
もはやカショウの声もスムさんには届かないようだ。
オンダさんは他人事のようにタバコをふかしながらこの展開を眺めている。
「おいオンダ、なんとかしてくれ」
「俺にはどうしようもできない。諦めろ。もうスイッチ入っちゃったから」
「えっと後は何がいるかしら……?そうね、お困りにならないよう、顔見知りの谷には連絡を取っておきますわ」
「俺も久々に運転してみるか。何年ぶりだ?車の運転なんて」
オンダさんは気合いを入れるように腕を回しつつ、くわえタバコでどこかに去っていった。
「まあ、これも流れってことですかね」
僕たちも諦めて部屋へ戻ることにした。
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