第36話 [カショウ]四者会議
次の日の朝、オレたちは同じテーブルについていた。
スム、オンダ、シオ、それにオレ。この四人で認識の擦り合わせをすることになった。
まず、シオとオレから共有した情報はこのようなものだ。
突然、シオがオレを訪ねてきたこと。その目的は母親に会うこと。そしてオレやサタは、それ以前から“流れ”の予兆を感じていたこと。その“流れ”に沿うために、オレはシオの旅に合流したこと。そしてその“流れ”とは、今後の頭脳都市やミラー都市群に関わる可能性があること。
一方、スムとオンダの情報はこのようなものだった。
アウトミラーの分散が進みすぎていること。このままではいくつかの異形谷の人々が苦しみ続けることになること(つまり、苦しみの世界線に固定されてしまうということだろう)。スムはそれを望まない人々をできるだけ助けたいと思っていること。そしてオレたち(あるいはシオ)の存在がその“トリガー”となるとの啓示を受けたこと。
スムの言うアウトミラー分散の問題が、オレが感じる“流れ”の直接的な問題なのか、それはまだわからないが、どこかで繋がっているであろうことは、この場の全員が感じていた。
「あのー……」
シオが切り出し、全員が彼に注視する。
「僕の母も、その流れに関係しているのでしょうか?」
その問いに、誰も答えることができなかった。
「というのも実は僕自身、母の何を求めてこうやって旅をしているのか、自分でもよくわからなかったりするんです。でもこうやって行動している」
「強い衝動に突き動かされている感じですか?」
スムが訊ねた。
「うーん……」
シオは自分の内面を見つめながら、首をかしげる。
「不足感が原因の場合、強い衝動となって現れることもありますが」
彼女は補足した。
「うーん、衝動って感じでもなくて……。気づいたら自然と、ここまで来てたっていうか……」
「汗をかけばそれを手で拭うように、自然とやってるって感じかね?」
オンダが合の手を入れる。
「うーん、はい、それに近いかもしれません。突き動かされるというよりかは、もっと自然にというか」
シオは慎重に感覚を探り、それを言葉にした。
しばらく沈黙がその場を占めた。それぞれ、自分の中の感覚にアクセスし、何かしら手がかりをつかもうとしている。
ただ、オレの予想では、スムもオンダも、それがひとつながりの流れであることは感じているようだった。ただ当の本人のシオだけは、まだそれが何なのか、掴み切れていないようだ。それは単純に、若さと経験不足のせいだろうとオレは思った。
「まあそのうちわかってくるだろ」
オレは話を前に進めるために、そう言って話題を変えた。
「ところでスムさん。その人たちを助けるために、オレたちは何をしたらいいんだ?」
「ありがとうございます、カショウ様。実は使徒を送りたいのです。過去谷という、この先の集落に」
「使徒?」
「はい。わたくしの弟子でございまして、ひととおりのスキルを身に着けております。それは悲しみや苦しみを癒すための技能でございます」
「癒す技能……」
「はい、美の谷でも、まず最初はこれから実践しました。この技能は、美の谷に限らず、様々な場所で一般的に使われるツールです。何事もマイナスをゼロにするところから始まります。中には、マイナスからいきなり高く飛躍するケースも時として存在しますが……。ともかく多くのケースにおいては、心の傷を癒して初めて、さらにその先へ行けるのです」
「で、そのお弟子さんを派遣して、過去谷の人々を助けたいと」
「助けると言うと、少しおこがましい感じがしてしまうのですが、行いとしてはカショウ様のおっしゃるとおりです。ただこれは自分のためでもあるのです。アウトミラーに貢献し、アウトミラーがより自由で開放的な場所になれば、わたくしやわたくしの大切な人たちの幸せもより増幅することになるわけですから」
「なるほど。ただ、そのへんが理解してもらえるかという懸念はありますね」
「おっしゃるとおりです。相手のためとか社会のためというのは押しつけがましい。一方、自分のためとなると、自己中心的な印象を持たれかねない。本当は、相手も自分も社会も超えたところにあるのですが、それを言葉だけで伝えるのは難しいですね」
「なるほど」
「あまりでしゃばり過ぎると、大きなお世話だと思われる向きもあります。実際わたくしは、過去にそのような失敗を犯しました。善意を押し付けているように思われてしまったのです。今振り返ると、お相手の価値観を無視して、わたくしが思う“正しさ”を押し付けてしまっていたと思います。美の谷が上手く回りだした頃だったせいもあり、傲慢さがあったと思います。率直にいうと、調子に乗っていたわけです。なので今回はそのような失敗を繰り返すことのないよう、お相手の意志や本当の願いを都度確認し、尊重しながら、慎重に進めたいと思っています」
言わんとすることはわかる。ただ、実際どのような手段でそれを遂行するのか、スムが言う“相手も自分も社会も超えたところ”にあるそれとはどんなものなのか、いま一つ掴み切れずにいた。しかしまぁ、流れに乗ってみるしか選択肢はなさそうだ。
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