第35話 [カショウ]風読みの女

「へー、サタさんがそんなことを」


「ああ、あいつやっぱり変だからなぁ」


眠りに落ちる前、オレはシオと出発前夜の出来事について話した。

その夜、サタはオレにこう言った。


「戸惑ったり、びっくりするようなことがあると思うわ。でも疑ったりせず、その流れに乗るのよ。必ずその流れが導いてくれるから」


サタはよくこの手の予言めいたことを言う。と言っても、ここ何十年も平穏に過ごしてきたので久々のご啓示だったが。


あの頃、サタの啓示が的中することがあった。オレはそれを「風読み」と呼んでいた。


「予言じゃないのよ。予め準備されてるようなものじゃないの。むしろ、自分が直感したとおりに物事が起こってくるの。わかるでしょ?あれだけジャンプの法則について教えてあげたじゃない?先に自分の心や意図があるのよ。その意図以前に正解も不正解も存在しないの」


オレはもうこの話を何度も聞かされてうんざりはしているが、実際彼女の言う通りだったりもする。


ただ!ただだ。サタのジャンプの法則にしろ、スムたちのテナガザル理論にしろ、それらが万一真実だったとしても、それを打ち消すような別の法則があるかもしれないじゃないか。


あるいは、ジャンプの法則やテナガザル理論が当てはまる場合もあれば、そうでない場合だってあるかもしれない。


そんな単純な法則だけで世の中回ってるわけがない。もっと複雑で、もっと人間には未知数なはずだ。もっとランダム性があるはずだ。そのような疑いを、オレは手放すことはできない。


「それでスムさんの盛大なもてなしにも堂々としてたんですね」

シオが言った。


えっと何の話をしていたんだっけ?そうだ流れに乗れというサタのご啓示だ。


「もうひとつあってだな」

オレはシオに切り出した。


「何ですか?」


「この旅には、別の目的がある」


「え?」


シオはしばらく黙ったのち、こう言った。


「実は、僕もちょっと不思議に思ってたんです。なぜカショウはついて来てくれるんだろうって。僕なにも話してないのに……。というか、僕も自分で自分の気持ちがよくわからなくて……。でも別に目的があってちょっとほっとしました」


別の理由がなくても、オレはお前のお供をしてやるつもりだったが?

内心そう思ったが、口には出さずにいた。


「で、その別の目的って?サタさんのおつかいとか?もしかして石鹸?」


「わからん」


「は?」


「まだようわからん。ただ、けっこう面倒くさそうだということだけはわかっている」


「はぁ……」


「何かわかったらサタから連絡がくる。あいつはあいつなりにいろいろ調べてるらしい」


「その、予言だかお告げだかを介して?」


「ネットサーフィンだ」


「はぁ?」


「あとはチャットだかSNSだか」


「はぁ……」


「あいつ、好きなんだそういうの、陰謀論とかオカルトとか」


「オカルト絡みの目的ですか……」


シオはオレが何を言ってるかよくわからないようだが、オレも自分が何を言ってるのかよくわからなかった。原因はあの女だ。あいつが風のようにつかみどころのないアドバイスばかりよこすせいだ。


しかしオレにも多少の予知力があるようで、いつかこの日がくることを、なんとなく感じていた。


現在のこの都市構造ができて数十年だ。つまりミラー都市とエアーフィルの構造だ。この数十年は平穏だった。あまりに平穏すぎた。それがオレを不安にさせた。なぜなら、子どもの頃のオレはまだ波の激しい時代を生きていた。世界とは、社会とは、人生とは、アップダウンの激しいものだと認識していた。その刷り込みは、歳を取ってそれまでとまったく違うこの時代に突入しても、簡単に取り去ることはできなかった。


いつか何かが起こる。この均衡がいつまでも続くはずはない。いつかバランスを崩す。どうせ崩すなら、早めに、問題が手遅れになる前に崩れてくれ。そんなことさえ思っていた。その頭を占める想念は、常々サタとも共有していた。サタ自身も、変化こそ自然だとの認識を持っていた。


そしてシオがやってきた。オレとサタは顔を見合わせた。互いに何を考えてるかはわかっていた。ついに来たと。同時にそう直感した。


だから何であれ、オレはこうやってついて来ることになっただろう。サタもずっと前からこのことを知っていただろう。


避けられない流れであることは承知していた。抵抗すべき流れ以外は、身を任せるしかない。抵抗すべき流れなら、自分自身の声がそう教えてくれるだろう。


わかった。オレが何のためにあそこに行くのか。


「要するに、定期点検だ」


「定期点検?」


「頭脳都市のな」

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