第32話 [カショウ]美の追求者
「お待ちしておりましたカショウ様」
スムの屋敷に到着するやいなや、彼女は盛大に出迎えてくれた。彼女はこの集落の長らしい。多くの従者を引き連れていた。
到着したのは日も暮れかけた頃だった。
オレたちは今回世話になる礼を言い、頭を下げた。
「オンダはわたくしどもの大切な隣人です。彼は不食という自らの道を追求し、ついには成し遂げました。彼に敬意を表します。そして彼の友人であるあなたたちにも。ようこそいらっしゃいました」
そう言って彼女と彼女の従者は深々と頭を下げた。
スムは並々ならぬ美貌の持ち主だ。透けるような肌に大きな瞳、長い首……。しかしその外見は人間というよりも、コンピューターグラフィックスによって描かれた架空の星の住人のようだった。瞳の大きさ、首の長さ、そういったものが、生身の人間のそれよりも強調されていた。
スムの従者たちもそれぞれ美しいのだが、やはり人間離れしていた。極端に発達した大胸筋を持つ者、極端に長い脚を持つ者、見慣れない髪色の者、極端にクッキリした顔の造形を持つ者……。
「わたくしどもははテナガザル理論に基づいて、思念で遺伝的変異を起こし、それぞれが望む姿を追求するコミュニティをこの地に形成しました。わたくしどもは日々その道を追求しています」
スムは自分のコミュニティを誇らしげに紹介した。
テナガザルだって一世代であの形態に辿り着けたわけではあるまい。ミラー都市もアウトミラーも誕生してまだ百年も経ってない。にもかかわらず、ここにはヒトの容姿を改変させることに成功した人々が存在する。やはりいろんなことが早まっているらしい。
「美とは、自分が追い求めるもののことです。どなたのどんな美にも、優劣はありません。人それぞれが望む色かたち、それはひとつももれなく美と呼ぶべきものなのです」
これもこのコミュニティの教義なのだろう。列の後のほうに、八頭身ほどの均衡を保った140cmくらいの女性が見え、自分の目の遠近感が狂ったのかと思った。
「ここには様々な美が存在します。ただ今の私たちにはまだ、人間の原型を崩すことは成し遂げられていません。手足などのパーツの数は人間の規格の範囲に留まっています。しかし最近、ペールブルーの肌を実現した者もおりますのよ。ほら、あちらに」
前列の従者が左右に退き、その後ろから娘が現れた。たしかに青い気がする。
「彼女はシヴァ神に恋い焦がれるあまり、青い肌を目指しました。そしてつい最近、その思いが実りました」
拍手が起こり、従者たちが彼女をたたえる。オレたちも彼女に祝福を送った。
「やはりここの環境では、成就が速いようです。ちなみにわたくしは、齢72を迎えます。外見は2年前も同じです。2年後もこの状態をキープする予定でいます」
同年代か。どう見ても40代前半に見える。彼女は40代の自分の容姿を美と認識しているらしい。
「それはヴァーヴですね?わたくしどもも日々、ヴァーヴとともに美の探究をしておりますのよ」
「どのようにヴァーヴを活用されるのですか?その、みなさんの探究において」
シオが口を開いた。
「素晴らしいご質問、ありがとうございます。そちらについては、今夜の宴でゆっくりお話しできればと楽しみにしております。わたくしにとっても最大の関心事でございますから」
そう言ってスムは絵に描いたな微笑みをオレたちに振り撒いた。
「長く歩かれてお疲れのことでしょう。お部屋と、大浴場にご案内いたします」
彼女に誘導され、長い回廊を歩いた。中庭にはしっとりと樹木が茂り、ところどころにオレンジ色の灯りが灯されている。どことなくアジア調の屋敷とあいまって、さすが美の谷だと頷いた。
部屋のほうも、たとえるならバリのホテルのようなコーディネートで、中庭と通じる窓は広く、風通しが良い。黒いスーツ姿の自分たちが浮いて見えた。
「この奥が大浴場でございます。ご自由にお使いください。飲み物や軽食もこちらに用意しておりますのでご自由に」
豪奢な部屋ともてなしに、オレたちは再び恐縮した。
「それでは今夜、宴でお話しできることを楽しみにしております」
そう言って彼女は部屋を後にした。
シオは部屋を見まわしている。ミラー都市内の住居はだいたい画一化されてるので、このような趣向を凝らした部屋は刺激的だろう。
「ひとまず風呂だな」
快適そうなソファに座り込む前に、オレたちは風呂に向かった。
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