第29話 [シオ]オンダとの別れ

寝床の中で、僕は昼間の夢を思い出していた。僕に野菜炒めのポテトチップス和えを差し出したのも、女性アナウンサーだった。食とドラッグ。僕が見た夢は、オンダさんの話に符合する要素がいくつもあった。そう言えば昼に、配給の食料に薬が混じっているという話もあった。


オンダさんのお母さんは、別の世界線ではアナウンサーだった。そのアナウンサーは、野菜もジャンクフードも、ぜんぶごちゃ混ぜにした。それはオンダさんにとっては理想だった。でも、もしオンダさんのお母さんがアナウンサーになっていなかったら、オンダさんは存在していなかっただろう。


僕は夢も現実も妄想もごちゃまぜにして、出鱈目に繋ぎ合わせた。


自分はどうなんだ。人のことに干渉してる場合か。


心の中で声が聞こえた。


その声は、僕の心に痛みを与えた。母に会うための旅に出ながら、僕はそのこと、つまり自分の母について、正面から考えることを避けてきたのだ。


もしかしたら僕の母も、オンダさんのお母さんのように、別の人生を求めていたのだろうか。そしてその希求にしたがって行動し、僕と父は置き去りになった?


僕はそこで思考をシャットダウンすることにした。深呼吸し、浮き上がった思考を脳の位置へぐっと引き下げようとするが、なかなか上手くいかない。


別の手を考えよう。そうだ、昨日の列車の出来事だ。


結局僕は、先頭車両を見ることはできなかった。いったいどれほどの長さの列車だったのだろう。あの様子なら、先頭車両がなくてもおかしくはない。列車は果てしなく続いている。異次元の宇宙人がコーヒーを飲むくらいだから、それくらいのこともありえるだろう。


僕は頭の中で、コンテナ車をさらに先へ歩いていった。ずっとずっと。すると、遠くに初めて見る旅客車両が見えた気がした。僕はさらに歩く。やがて僕にも、コンテナ車に賑わう色とりどりの宇宙人が視認できるようになった。彼らは親しげに僕に微笑み、何かを話しかけた。よくわからないが宇宙人の言葉だろう。ターコイズブルーの空間は、宇宙語の文字で埋め尽くされた。なんて鮮やかな光景だ……。


やがて空想と夢の境界があいまいになり、僕は眠りのしっぽを掴むことに成功した。


翌朝、オンダさんは僕たちを見送ってくれた。


「ついて行ってやってもいいんだぞ」


「いや、話がややこしくなるから遠慮しとくわ」


オンダさんとカショウの会話は、どこまで本気かわからないまま、自然と流れていった。


「ほれ、餞別だ」

オンダさんは腰の道具入れから、何かの粉末を取り出し、カショウに押し付けた。けっこうな量がある。


「おいおい、これこそ話がややこしくなるじゃないか!」


僕はそれがクナフだと直感した。


「別に持ってても邪魔にならんだろ?いまどき麻薬の取り締まりなんて暇なこと誰もやってない。あっちじゃ普通に流通してるぞ?」


あっちとは頭脳都市のことだろうか?いちおうこの世界でも、嗜好品としてのクナフは違法ということになっているようだ。だけどオンダさんの言うように、この世界には薬物依存は存在しなかった。違法なのは、ただ単に法改正をしないままその存在が忘れ去られ、放置されてるだけのようだ。ただオンダさんの話によると、頭脳都市の人々はその限りではないようだけど。


それでも違法は違法だとカショウは拒んだ。しかしオンダさんはしつこかった。


「この先いろいろややこしいだろ?ブースターとして必要なときがあるかもしれんぞ?」


「べつにこれじゃなくてもコーヒーで充分だ」


「コーヒーは効果の出方が違うだろ。さてはお前、こいつを怖れてるな?」

オンダさんはニヤッと笑った。


「そんなことは……」


「大丈夫だ。効き方はそのときどきだ。それに、こっちの兄ちゃんが使いこなすかもしれん」


カショウが僕をチラッと見た瞬間、オンダさんはカショウのかばんにそれを押し込んだ。カショウは折れた。


「そのときどきが問題なんだ」

カショウはボソッとそう言った。オンダさんはそれを笑ってスルーした。


「異形谷に着いたらスムを訪ねろ。俺の名前を出せば一発だ」


僕たちはオンダさんの家を後にした。振り向くと、ニコニコしたオンダさんは、タバコを挟んだ左手で、いつまでも手を振っていた。


その昔、カショウとオンダさんはどんな戦いを共に戦ったのだろう?機会があれば話してくれるだろう。たぶん。


「さてここからが問題だ」


どうやらこの先は、基本的に徒歩以外の移動手段は想定してないとのことだった。


「ミラー0002を迂回して、異形谷で一泊する。プランはそこまでだ。そこから先はアジャイルだ」


アジャイル?たぶん臨機応変みたいな意味だろう。

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