第25話 [シオ]初めてのジャンプ3

カショウは最後尾の車両に向かって歩き出した。


「今日はここで宿をとる。と言っても、街の外だが」


今さらエアーフィルの内か外かを気にしている場合じゃないというのは、僕にもわかっていた。でも、都市の外に宿がある?人が住んでいる?


それならもっと早く教えてくれたらいいのに。まあ、訊かなかった僕も僕だけど……。


「面倒だから、減速したら最後尾から飛び降りる」


「えっ?」


「ウイルスまみれのエアーフィル境界を無策でぐぐるよりマシだろう」


“チューニング”がされてない都市の外は、物事の起こり方がかなり違うと聞いていたけど、早速僕はその“起こり方”を目の当たりにすることができた。せっかくだから、僕はそのあたりについてカショウに質問してみた。


「ところで、さっき言ってた次元の調整はエアーフィルが担ってるんですか?」


「それは全く別の機能だ。ただ、エアーフィルの機材に併設してるだけだ。まあ、ひとつの端末にいくつかのアプリが入ってるようなもんだ。そのフェイスシールドも、ヴァーヴの端末としての機能と、空気清浄機能が一緒になってる。それと同じだ」


「なぜ、エアーフィルの外は次元が混濁してるんですか?」


「はっきりしたことはわからんが、コロナ禍以降、他次元との境界が急速にあいまいになりはじめたらしい。それは以前からも進んでいたらしいが、ほとんどの人は気づかなかった。サタが言うには、コロナ以降、多くの人がそれまでの常識を疑い、覆し始めたせいらしい。人々の常識や社会通念という概念が、この世界を三次元的な世界に固定していたんだと」


固定された概念による固定された三次元世界……。僕は意識を集中させた。何かをつかみかけたような気がしたが、それはふっと僕の手のひらをすり抜けてどこかに行ってしまった。


「あと、エアーフィルの影響だという説もある。詳しくはわからんが、オレはサタの説よりこっちのほが好みだ」


エアーフィルの影響?


「ともかく、ミラー都市内が安定してるのは、ひとつに都市内の人々の精神のバランスが保たれているためだと。食うに困ることなく、健康の不安もない。なんの不足感もない。他の次元を求める理由がない。これもサタのアイデアだがな」


「もしかしたら、人々の精神を安定させるため、つまり次元を安定させるために、配給物資も調整されてるのですか?」

カショウは急に立ち止まり、僕をにらんだ。


え?何かマズいこと言った?


「例の陰謀論か」


陰謀論?


「そんな話があるのですか?」

陰謀論。食料に精神安定剤でも混ざっているのだろうか。


それ以降、カショウは口を閉ざした。


さっきカショウは、僕たちには他の次元を求める理由がないと言った。じゃあ、もし求めたら、誰にでもさっきみたいなことが起きるということなのだろうか。


カショウが扉を開いた。最後尾はコンテナ車だった。


僕たちはコンテナ車に飛び移り、スーツとフェイスシールドを確認し、列車が減速するのを待った。


「なるべくなら、エアーフィル境界から遠いうちに飛び降りたいが」


僕たちはぎりぎりまで減速を待つことにした。


ほどなく列車は減速し、そして止まった。


「あれ?」


「どうやらしっぽがおさまる前に、前の車両が停留所に着いたようだな」


結局僕は、この列車の全体像を知ることはできなかった。先頭車両も、ついに見ることはなかった。これが都市の外らしさなのかもしれない。


そろそろと僕はコンテナ車から降り、とりあえず背伸びをした。


線路沿いを、進行方向とは逆に向かって歩いた。僕たちは原生林の中へ入っていった。

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