第23話 [シオ]初めてのジャンプ1

コーヒーを飲みながら、僕は何度も車内を見渡した。


やはり誰もいない。このほっとする感じは何だろう?微笑んだ客室乗務員にもてなされているような感じ。さっきまでの窓のない車両や外の悪天候が、この空間の快適さを強調しているような気もした。


だけどこの列車も完全な自動運転で、客室乗務員どころか運転手さえいない。僕たちふたりだけということはわかっている。


ほどなく雨が上がり、空が晴れてきた。僕はさらにこの先の車両が気になった。


「ちょっと隣の車両、見てきます」


「あまりうろうろするなよ」


扉を開けると、そこもまったく同じ車両だった。無人のシートの間を歩いていく。まったく同じ自販機がある。


あれ?自販機の取り出し口に、湯気の立つコーヒーがある。


僕は立ち止まり、それを眺め、周囲を見回した。当然、誰もいるはずはなかった。なぜ?


自動洗浄機能か何かが作動したのだろう。そのため、コーヒーが抽出される何らかの事情があったのだろう。そういうことにした。


そしてまた僕は隣の車両のドアを開けた。また同じだった。そんなことが何度か続いた。


まずい。早く戻らないとカショウを怒らせてしまう。だけど僕は、この列車の一番端をどうしても見たかった。僕は覚悟を決めた。


いくつの車両を移動しただろうか。あきらめかけてドアを開いたとき、目の前に別の光景が広がった。


強い風と光を感じた。青空の中に出た。そこはコンテナが積まれていないコンテナ車だった。コンテナ車は、線路のカーブに沿ってずっと遠くまで続き、先端は消失するほど遠い。と言うのは少し大げさで、実際は樹木に隠れて見えないせいもあるのだけど、ともかくその距離は圧倒的だった。圧倒されると同時に、僕は列車の端に辿り着くことをあきらめた。


ただ、僕は妙な衝動にかられた。コンテナ車に飛び移りたくなったのだ。


普通の車両のように壁もなく、少し足を踏み外せば隙間から線路に落ち、僕は轢かれて死ぬだろう。だけど僕は、そこに飛び移らなければどうしても気が済まない。理由は僕にもよくわからないが、たぶんそこが魅力的に見えたからだ。


幸い、速度はそれほど出ていなかった。連結部の隙間を飛び越え、柵をまたぎ、僕はコンテナ車の踊り場の上に立った。


ロボットたちの農地の向こうに、キラキラする海が見えた。僕は踊り場に胡坐をかき、風を感じ、目を閉じた。はぁ、なんて気持ちいいんだろう……。


目を開いたとき、そこにカショウがいた。


「なにやってんだ」

平坦なトーンで彼は言った。カショウの言うように無駄でしかない。危険だし。


だけどカショウもつかの間、僕の隣で風を受け、遠くの海を眺めた。


「エアシールド境界が近い。中へ入れ」


僕はカショウの後を元いた車両へ歩きながら、さっきのことを訪ねた。


「自販機のコーヒー、見ました?」


「なんのことだ?」


「あのー、出来立ての湯気がたったやつ……」


僕は各車両の自販機とすれ違うたび、取り出し口を確認した。しかしとうとうコーヒーを見つけることはできなかった。


「何だったんだろう?あれ」


「ミラー都市と自動走行車の外では、そんなこともある」


「どういうことですか?」


「空調のないビルみたいなものだ。空間が適切な状態に制御されてない」


ますますわからない。


「エアーフィルや自動走行車の中は、しっかり三次元をキープするように調整されている。(起こる出来事の)可能性の範囲を三次元にチューニングされている」


チューニングしなければ三次元は保てないのだろうか?


「ここも見えてないだけで、他の次元の乗客が乗ってるのかもしれんな」


また僕は周囲を見渡すことになった。他の次元?


「他の次元というと宇宙のどこかにある想像をするが、いつでもここと重なってるんだと。学者が言うにはな。知的生命体も、人間と同じ物質の肉体を持っているとは限らんと」


僕はここが、様々な色とかたちの宇宙人で埋め尽くされているのを想像した。


「ヴァーヴだけはしっかりつけとけよ。ミラー都市の外では、自分の内面だけが指標だ」


ヴァーヴの必要性が、ここで少しわかった気がした。


だけど僕は少し妙な気がした。彼は本当にカショウなのだろうか。


カショウはサタさんがジャンプの法則の話をするとき、いつも小ばかにしたような態度を取る。懐疑的なのだ。その手の、一般的には未知の領域とされる話題に対して。


そんな彼が、他の次元や他の知的生命体について話している。


カショウはヴァーヴも使うし、何より彼自身、かつてこの世界へジャンプした実体験があるはずだ。なのになぜ、素直に認めないのだろう?彼の正誤の基準はどこにあるのだろう?ときどきそう思うことがあった。そんな彼が今、他の次元や他の知的生命体について話しているのだ。不思議だ。よくわからない。矛盾している気がするけど、人間はそういった揺れを抱えてるものなのかもしれない。


あるいは、別の次元の生命体がカショウに乗り移った?もしかしたら、彼自身が別の次元のカショウ???


「ここは窓が大きくて目立ちすぎる。そろそろ元の車両に戻るぞ」


元の車両に向かうカショウの後を、そろそろと僕は歩いた。いろんな宇宙人が微笑みかけるその中を、僕たちは歩いてるのかもしれない。そんな想像をした。


「その知的生命体って、友好的なんでしょうか?」


「“知的”だから、少なくともバカではなさそうだな」


知的さと友好度合いの関係はよくわからない気もしたが、なんとなく頷いた。ただ、あらためて知的な存在を想像してみると、確かに暴力的な感じはしなかった。


そしてなぜか前を歩くカショウも、いつもより知的に見えた。


カショウの話はどこまでが本当か冗談かわからないが、ヴァーヴの重要性だけは確かなようだ。僕は自分の針を見た。僕はこの状況に合って、不思議とリラックスしているようだった。


しかしそれは、次の扉を開けるまでのことだった。

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