第22話 [カショウ]無人列車、無人農業ロボット

「“フォーカス力や集中力、エネルギーそのものの強さやバランスを総合的に評価し、それを現実化出力(アウトプット)の強さ(Strongness)として表示できるようになりました”、って書いてありますね」


テキストと一緒に、サンプル画像が表示されていた。


詳細テキストの意味はよくわかないが、とりあえず“強さ”の表示が加わったとのことらしい。ソフトウェア側の改修だけで、取得したデータをより詳細に解析できるようになったということか。あるいは、表示のさせ方だけを改良したのか。


どう表示されるか、シオに心理的インパクト(たとえば驚かせるとか)を与えて試してみたい気もするが、今後の信頼関係に影響しそうなので、その時が来るのを待つことにした。


「さっきの建物、何だったんだろうなー」


シオは足取りも気分も軽そうだ。何も知らないやつは旅行気分でいい身分だ。一方オレは、この先、面倒ごとがドミノのように連なっているのを想像してうんざりした。サタの手も借りて昨日のうちにできる限りの根回しはしてきたが……。


前から女が歩いてきた。よくシオを見ている娘だった。


オレはすかさず、シオのヴァーヴを見た。


真ん中の円のライトが、ほんの一瞬、てっぺんまで満たされた。なるほど。


「挨拶しなくていいのか?」


「いや、別に……」


たまに目が合うだけの女に、言うべきことなど見つからないだろう。野暮なことを聞いてしまった。


そう反省した瞬間、オレの隣からシオの気配が消えた。振り返ると、娘のもとへ走るシオの後ろ姿が見えた。


「僕、しばらくここを離れます。えっと……、お元気で」


そう言って、シオはオレのもとへ戻ってきた。


「いや、急にいなくなったら心配かなと思って……」


ほどなく鉄道の停留所が見えてきた。停留所も列車も砂まみれだ。物資しか扱わないので殺風景なのも無理はない。


「よお!」

ミワラが笑顔で出迎えてくれた。


「急なこと言ってすまんな」


「いいじゃないか!楽しそうで」


「あれ?」

シオが不思議そうな顔をしている。


「なんだ、知り合いか?」


「はい、サタさんと配給所に言ったとき、お会いしました」


「羨ましいよ、俺も連れて行ってくれ」


「嫁さんの許可が下りないだろ?」


冗談を言いながら、オレたちは乗車口へ歩いた。


「この車両でどうだ。いちおうシートも剥がされずに残ってるしな。同乗者はリサイクル品だ」


「助かるよ」


昨日の晩、サタはミワラに連絡を取って、オレたちの手助けをしてくれるよう頼んでいた。ミワラは、オレとサタのある意味戦友だ。もうずいぶん昔の話だが。今は配給所やこの停留所で、暇つぶしに“自主的な労働”をしている。


この世界ではもう鉄道は人を運ばないが、昔の旅客列車はまだ現役だった。物資が積み込みやすいよう、ほとんどのシートが取り払われ、ドアは大きく開くよう改造されていたが、一部、旅客用のシートが残されている車両もあった。要するにモノしかあつかわないので、かなり雑な改造が施されていた。


今回オレたちが乗ったのは、金属のくずや、空き瓶が積まれた車両だった。要するにリサイクル品だ。配給物資の中にリサイクル可能な資源があれば、列車で送り返すことになっている。もちろん列車が運ぶのはリサイクル品だけではない。魚のような急を要するもの以外なら何でも運ぶ。他の街からの届け物などもそうだ。この土地の産品を配給元の倉庫に送ることもある。


食品や製品なら、安全上の理由で鍵のかかったコンテナに積まれるはずだ。よってオレたちは、安全管理が不要なリサイクル品やスクラップと乗り合わせることになったと思われる。


「ここなら窓もあるし、乗り心地も悪くないだろう。オレらもたまに乗るが、誰も気にしないよ。悪だくみをするやつはまずこの世界にいないからな、お前を除いてな、ガハハ」


つまらない冗談を言いつつ、ミワラはオレたちを積み込んでドアを閉めた。


「いつ帰ってくるんだ?」

窓越しにミワラが訊ねた。


「まあ1、2ヶ月といったとこかな」


「いつでも連絡くれ。手伝いに行ってやる」


列車が動き出し、笑顔のミワラが後方に遠のく。オレは手を上げて礼を言った。


「あ!そうだこれこれ!」

オレはサタからの預かりものをミワラに投げた。彼は難なくキャッチした。


「あれ?これ、前ももらったよ」


「サタの気持ちだ。受け取ってやってくれ」


「おう!」


やつはいつまでも笑顔で見送ってくれた。


シオは列車の中をきょろきょろ見ている。物珍しいのも無理はない。オレの目にさえ新鮮だった。これほど錆だらけの列車に乗るのはオレでさえ初めてだ。


ところどころに荷物の山があるが、さほど多くはない。列車は、荷物の量に関係なく定期的に行き来するので、こんなこともあるのだろう。


よく見ると、ところどころガラスがはまっていない窓がある。天井の一部がめくれて青空が見える。照明は消えたままだ。


「雨もウイルスも入り放題じゃないですか。大丈夫なんですか?」


「人目の届かないところはこんなもんだ。かえって風通しが良くていいのかもしれん。知らんけど」


窓から外を見ると、「500m先 エアーフィル境界」の標識が見えた。


「外へ出るぞ。スーツ閉めてフェイスシールド下げとけ」


エアーフィル境界を通過するまでの間、ほんの少し緊張感が走った。


エアーフィルのすぐ外は、汚れた空気の溜り場なので最も危険だ。しかし都市と都市の中間あたりは、さほど神経質になる必要はないだろう。


一瞬、空気のハリの変化を感じた。エアーフィル境界を通過し、外へ出たことが感覚でわかった。


エアーフィルのすぐ外は、緑が茂り放題茂っていた。その長い茂みをくぐり、しばらくすると広い土地に出た。夕刻かと思うほど、黒雲が空をどんよりと覆っていた。


その黒雲の下にどこまでも開けた広い農地があった。無人農業ロボットが数台、みな同じ速度で作物を刈り上げていた。それはまるで古いコンピューターゲームを見ているかのような規則的な動きで、霧がかった曇天の中、赤や緑や青に点滅するランプが印象的だった。


自動走行車の窓から見る景色とは一味違っていた。それはこの列車の錆びた車体やガラスのはまっていない窓のせいかもしれないし、天候のせいかもしれなかった。


天井と窓から、冷気と轟音がなだれ込むせいで、オレたちの神経は落ち着かなかった。雨もぽつぽつ落ちてきた。


「寒っ」


シオは自分の両腕をさすった。この状況では、次の停留所までにトイレの世話になるかもしれない。早めにトイレを探すことにした。と言うか、人を運ばない列車にトイレはあるのか?


見つかる保証はなくとも、探す以外の選択肢はない。同じような車両を何車両も移動した。それは永遠に続くような長さだった。


「こんなに長い意味あるんですかね?荷物スカスカなのに」


実際、ほとんどの車両はからっぽだった。


薄暗い車両をいくつも通り過ごしたのち、前方遠くに光が見えた。


「隣の車両、電気ついてる!」

シオが目を輝かせる。


扉を開けると、そこは今までとはまるで違う光景だった。明るく、空調も施され、轟音もない。天井の中心を除いたほとんどが窓だ。かつては展望車として利用されていたらしい。シンプルでありながら、どこか人を和ませるデザインの内装だった。ほんのりクリーム色の照明も、オレたちを安心させてくれた。


「トイレあった!」

シオが叫ぶ。


車両の前方にトイレが併設されていた。


「ちょっと行ってきます」

シオは走っていった。


オレは座り心地の良いシートに座り、外を眺めた。さっきとまったく同じ光景だ。しかし冷気や轟音から守られたこの空間のおかげか、さっきはなかった安堵と優越感のようなものを感じながら外を見ていた。


シオが戻ってきた。


「外も中も無人だし、次の停留所が近づくまでここでにいましょうか」


しかし、誰もいないのに、照明も空調も作動している。花さえ飾られている。何のために?


もう一度オレは、周囲を見渡した。空調の風は感じたが、やはり人の気配はなかった。


シオが自販機を見つけ、適当にボタンを押した。


「お待たせしました」

機械的な女性の声とともに、あたたかいコーヒーが出てきた。


誰のために?そう疑いながらも、オレたちはフェイスシールドを上げ、スーツを少しゆるめてコーヒーを飲んだ。


日中だというのに、外はますます暗く、強く降りだした雨のせいで霞んで見えた。農作物は強く風になびいている。そんな中、農業ロボットたちは作業を進めていた。


この快適な空間から、雨の冷たさと、風の轟音に晒されるロボットたちの過酷さを想像し、この車両に守られているありがたさを感じた。

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