第18話 [カショウ]ポストコロナへの繋ぎ目

「さっき、ヴァーヴの開発に宗教者やオカルティストが関わっていたって言ってましたけど、開発者はなぜ彼らを呼んだんですか?」


「いい質問ね!」


シオの質問にサタは色めきだった。

ここはサタの得意分野だ。しばらくは彼女に任せることにしよう。


「でもなぜかしら?」


サタはオレに話を振った。

おい!お前の得意分野じゃないか!なぜオレに助けを求める?


「まあ、脳波や生体情報ってのは科学の分野でもあるが、それまでは宗教者たちが、“見えない世界”として観察し続けてきた分野だからな。そんな理由じゃないかね?」


「なるほど。宗教者のほうが圧倒的に経験則や情報を持っていると。目に見えないことに対して」


「それがやっと数値や視覚化できる時代になった。脳波だけじゃなく、脈や筋肉の緊張具合など、生体情報を総合的に。じゃあ、あなたたちが長い歴史の中で体感してきたことと照らし合わせて答え合わせしてみましょう、みたいな?」


オレは適当に答えた。


「変性意識に関しては、そういった人たちの力を借りないとムリなのよ」

やっとサタが口を開いた。


「変性意識?」


「非日常的な意識の状態ね。ヴァーヴで言うと、だいたい[紫]や[シルバー]あたりに留まる状態。[赤]のストレス域を超えたとこね。文字盤に[OVERFLOW]や[N.N]が出たときも変性意識の場合があるの」


「初期バージョンでは、ノーマルレンジ[N.R]以外はすべて変性意識(Altered state of consciousness)[A.S.C]と表示されてたらしいが、大雑把すぎるとクレームが来たらしい。普通じゃない状態は危険な場合もあるからな」


「さっき僕も[紫]が出てましたが[N.R]のままでした」


「まあ、よくある酔っ払いってことでしょう」


「じゃあ、[OVERFLOW]や[N.N]は酔うより特殊な状態ってことですか?」


「普段から瞑想ばかりしてるチベットや僧銀山の僧侶なんかは[OVERFLOW]に持っていけると言われてるが、普通は意図してそこへ至ることはない」


「普通はね」


「普通の人間はヴァーヴなんて道具必要ないからな」


じゃあ普通じゃない人間とは?

シオの疑問はそんなところだろう。


「世界がポストコロナに移行するとき、これが必要だったの、私たち」


「私たち?」


プレコロナとポストコロナの繋ぎ目の時代。これを今読んでる人の中にも、そこに生きる人がいるだろう。


我々の話はその“繋ぎ目”に移行した。


「コロナは根本から世界を変えようとしたの。リモートワーク、オンライン学習……。人々の活動は合理化できるはずだった。でも、そう上手くはいかなかった」


「なぜですか?」


「一言で言えば、慣性だな」


「古いものを手放さなきゃ、新しいものは掴めないでしょ?だけど上手くいくとは限らない。新しいことに適応したり、ノウハウを貯めるのにも時間がかかる。だから過去の安定に戻っちゃうのよね、それが慣性ってことかもね、人間社会では」


「こんなことがあった。政府はコロナ禍の企業や、生活に困る個人を救済するために臨時の給付金を打ち出した。そこまでは良かった。ところが政府はその事業を、ペーパーカンパニーだかトンネル会社だかをを介して、以前から繋がりを噂される大手企業に流した。さらにその金を巡って、多くの企業が群がった」


「何層にも下請け構造が連なって、みんなの税金が中抜きされてるんじゃないかって。みんな大変なときに、相変わらずそんなことしてるのかって。本当なら最悪よね。結局ほんとのところはうやむやなまま終わっちゃったけど」


「国とそいつらは、そうやって持ちつ持たれつの関係を続けてきた。そのときも惰性の関係を続けようとした。まあこれは一例だが、繋ぎ目の時代には他にもこんな話がいくつもあった」


「それまで私たちが抱えてたいろんな問題が表面化したのよね。海外でも、人種差別問題が大きなニュースになったり。私たちはその古い時代の最後のあがきを振り切らなきゃいけなかったの」


「振り切れたんですか?」


「振り切れたからここにいるの。振り切って、この並行世界にジャンプしてきたの。そのために、感覚レベルをコントロールすることが必要だったの」


「ヴァーヴはそれを補助する道具なわけだ。あくまでも補助だ。自分で意図しなければ何も起こらないし、訓練も必要だ」


「じゃあカショウもサタさんも、別の並行世界にいたんですか?それができれば一瞬で、その……、ジャンプできるんですか?テレポーテーションみたいに?」


「そんな魔法みたいじゃないの。人間の私たちには、あくまでも現実らしく知覚されるの。よっぽど注意深くないと、ジャンプの体感はほとんどないわ」


「“現実らしく”?」


「そう。逆に言えば、並行世界をジャンプすること自体が現実で日常なのよ」


オレはシオのヴァーヴを見なかったが、やつの頭の中がはてなマークでいっぱいになっているのがわかった。


サタは一般に周知されてない概念をさも当然のように話すので、シオが混乱するのも当然だ。


「毎瞬毎瞬、私たちはジャンプしてるの。並行世界を。日常的に。今もそう。だけど私たちの知覚では、時間軸に沿ってそれらしいストーリーをなぞってるように見えるの」


「あの頃も“現実らしく”事が進んだ。具体的にはこんな筋書きだった。コロナ以前、政権はいろんな疑惑を抱えていた。そしてそのうち、政府の中にも外にも、政権を見限る人間が現れた。そしてそいつらは、政権の機能不全を逆手に、カネを然るべきところにこっそり流した」


「然るべきところとは?」


「ポストコロナ社会を作れる技術を持った組織や、その指揮者だ。当時コロナ対策として、使い道を明確にしなくてもいい予備費が準備された。莫大な額だった。そのいくらかがそっちに流れた」


「すでにコロナが流行る前には、国民が政権を監視する機能とか、いろいろグダグダになっちゃってたのよねぇ……。平和のせいだか何だかわからないけど。それで政権側もそれに安住してた。緩み切ってたのよねぇ……。だから内部でそんなことがあっても、誰も気づけない」


「まあ実際はもっと紆余曲折あって、もっとリアリティがあるんだが、これが“現実らしい”シナリオとして用意されたものだった」


「SNS上でも、あたかもそれらしい、人々の意識の変化が見られた。それまでは政権を叩いて終わりって空気が大半だったけど、現状を冷静に分析して、自分で社会を変えようとする人が増え始めた。そのシナリオのどこかで、私たちここにジャンプしたの」


「誰がそのシナリオを用意したんですか?」


「誰というより、すべてのシナリオはすでにあるのよ。前にジャンプの法則とカードの話をしたでしょ?あのカード一枚一枚に、シナリオが書かれてるの」


「この概念をすぐに理解するのは難しい。まあそのうちわかってくる」


「とりあえず、すべての並行世界、すべてのカード、すべてのシナリオ……。呼び方は違うけど、全部似たようなものと思っておいて。そしてすべては、今ここに存在してるの」


サタはシオをさらに混乱させたが、本人は気づいてない。おい、ちょっとは空気を読め。


「ともかく、ヴァーヴの助けを借りつつ、我々はこのカードの上に飛んできたということだ」


「そう。そして狙い通り飛ぶには、感覚のコントロールが重要ってこと」


シオはすっかり酔いが醒めてしまったようだ。


「心配すんな。今はわからなくても、そのうち体感できる」


この手の話になるとサタは容赦ない。シオが少し不憫になって、思わずオレはやつの肩を抱き、励ました。

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