第16話 [カショウ]アウトバーン/過去と未来の夢

空の端っこが少しオレンジに染まりかけていたが、ほとんどはまだ青かった。

空気も澄んでいる。エアーフィルの影響か、都市の中はたいてい晴れている。


シオとサタと私は「シロ」に向かっていた。シオに例の感覚デバイス、“ヴァーヴ”に慣れてもらうことも兼ねて。


「この景色にその恰好、ほんと似合わないわね」


念のため、私もフェイスシールドとヴァーヴを着けていた。シオひとりにこの恰好をさせるのはさすがに忍びない。


サタが言うように、緑が豊かでのどかな街の中では、我々の物々しい姿はかなり浮いている。


「あら、サタちゃん」

サタと同年代の女性が声をかけてきた。


サタは知り合いが多い。一緒に歩くとやたら声を掛けられる。そのため、目的地にたどり着くのに通常の倍の時間を要する。正直めんどくさい。案の定、きゃっきゃと立ち話が始まった。我々二人は、それが終わるのをただ待つしかなかった。


シオはひたすらヴァーヴを眺めている。どうやら、女性からの好奇の視線よりこの道具への関心が勝っているらしく、針は[緑]やグラデーションのあたりで安定していた。メーターに飽きたのか、次はフェイスシールド越しの景色を見まわしている。


我々の街はほとんどが緑に覆われている。それはホビットが住む村のようだった。風景だけでなく、住む人々も。


ホビット村と違うのは、緑の間のいたるところに、電子的な灯りが散りばめられていることだ。


ずっとむこう、街の境界や山の上にいくつもの鉄塔が見え、人々の住居からは煙突のかわりにアンテナが突き出している。それらに取り付けられた電灯は、点滅しながら白い光を放っている。


少し先に見える高架橋には、自動走行車が等間隔で走っている。それはまるで、ゆっくり回る観覧車のような優雅さを覚える、そんな光景だった。そこにも電子的な灯りが見える。


フェイスシールドがあろうとなかろうと、見え方は同じはずだった。そしてシオの生まれ故郷も、ここと大して変わらないはずだ。しかし彼は、吸い込まれるようにいつまでのその景色を見ていた。彼の2つの針は[緑]で一致していた。私も彼の見る先を眺めた。ここは過去や未来の夢ではないか。えも知れぬ不思議な感覚にとらわれた。


「フンフンフ~ン、アウトバーン」

サタは我々の眺める先を目で追い、小さな声で古い音楽(※)の一節を適当な歌詞で口ずさんだ。


ふり返ると、我々が来た道に去っていくサタの友人が見えた。立ち話はすでに終わっていたらしい。


「さあ、行きましょ!」

二度目のサタの声はやたら大きかった。我々は現実に引き戻された。


シオはフェイスシールドをつけたまま、きょろきょろしながら歩いている。


彼は不思議な青年だった。どこか空虚な感じがした。


自分がまだ何者なのかも知らない。世界とはいったい何なのか、それもよくわからない。突然この世界に産み落とされ、戸惑っているかのような、そんな印象を与える青年だった。


「もっと心を開けってよく言われたわ。でも人に話して理解してもらえそうなことは、心の中に何もないのよ。それはほとんど“無”と同じことよ」


以前サタがこんなことを言っていた。


今でこそおしゃべりで、好奇心のかたまりのような女だが、たしかに昔は物静かな人間だった。何を考えているかわからないので、こちらとしては不安になる。彼女としては、自分の何が人を不快にさせているかわからないので、ますますコミュニケーションを避けるようになる。彼女の人生の前半は、そんな悪循環の連続だったようだ。


シオもそんな空気をまとった青年だった。しかし私はサタに訓練されたおかげで、彼を恐れずに済んでいる。サタ自身も彼に共鳴する部分があるだろうが、そんなそぶりを見せることなく、“にぎやかなおばさん”という通常運転をキープしている。


シロの入り口が見えてきた。サタがきゃっきゃと騒ぎ始める。

「ウフフ、私ここに来るの久しぶりなの。今日は飲むわよ」


シロの中はオレンジの光で満たされ、たくさんの人でにぎわっていた。その光景を見た瞬間、シオは後ずさり、針が大きく揺れた。彼はその瞬間フェイスシールドに触れた。自分の今の恰好を思い出したようだ。


「おい。個人情報、晒しすぎだぞ」


「あっ」


シオはあわてて手首の画面を隠した。


サタはおかまいなしに喧騒の中へ走っていった。


─────


※古い音楽

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