第14話 [カショウ]都市の再構成2 - ミラーリング都市機能
ある地方都市にて、エアーフィルの実証実験は始まった。
雷や、何らかの飛翔物による危険、日照の変化、人々の活動や農作物、気候への影響などが検証され、何度かの改良ののち、エアーフィルは実用段階に入った。それと同時に、その街には新たな呼称が与えられた。ミラー0001(MIRROR-0001)。それは同時に進行していたミラーリング都市計画の第一号であることを示す呼称だった。
その後、フェノ、つまり頭脳都市にも採用された。
条件が整った場所から順次エアーフィルとミラーリング都市機能が実装され、ミラー0002、ミラー0003……とナンバリングされた。
ミラーリング都市機能とは、フェノに集積しがちなあらゆるナレッジをその他すべての都市にミラーリングする仕組みのことで、まだ人による労働を必要としていた時代に、労働人口を各地に分散させることを目的として計画された。最新のナレッジが各地に同期されれば、どこにいても最先端の研究や開発ができるからだ。
技術的には特に目新しいことはない。オンライン会議ツール、バージョン管理システム、チャット……、そういった以前からあるツールを拡張し、ソフト面での工夫を組み合わせる程度でミラーリングは可能だった。あとは常時接続に耐えうるよう、通信網は太く補強された。
むしろなぜ、今までやらなかったのか。人々は口々にそう言った。首都圏一極集中による通勤の苦痛から解放され、どこでも好きな場所に住める。多くの人が情報にアクセスできるので、研究開発のスピードもアップする。
それを阻んでいたのは、ミラーリングというコンセプトの周知不足と、もう一つは、知見を共有することへ拒否感だった。企業は独自の技術やノウハウを武器にして市場で生き残らなければならない。その武器を明け渡すなどもってのほかだ。
ある映画の有名なセリフに、ノン・ゼロサム・ゲームという言葉が出てくる。簡単に言えば、誰かにメリットのあることは、自分にもメリットがある状態を指す言葉だ。たとえば、自分のために花を植えれば、周りの人もハッピーになって、コミュニティ全体が円滑になるというような。
誰かが得をすれば、誰かが損をする。長らく続いた競争の舞台から、世界はこのノン・ゼロサム・ゲームに移行しようとしていた。そんなときSARS-CoV-2が出現し、結果的にそれを後押しした。
SARS-CoV-2によって企業の倒産が増える一方、経営統合によって倒産を免れた企業と、消失を免れた知財が残った。しかしSARS-CoV-2によって社会活動をセーブされた世界では、人々の生活はよりミニマムになり、多くの消費を必要としなくなっていった。多くの企業はこの時代の転換に苦しんだ。しかし経営統合によって継承され、集積した知財を失うわけにはいかなかった。それを未来に残すには、国が保護する以外なかった。SARS-CoV-2は、競争から協調、統合への変化を促した。
その過程で、共有というコンセプトは必然のものとなった。ミラーリングによって、さらなるナレッジの蓄積も加速させることができた。それにより技術的な問題解決が解消し、多くのことが自動化された。
SARS-CoV-2による労働形態の変化は、人々の心のあり方と消費行動を変化させ、経済を変えた。率直に言えば、社会における経済の役割は縮小し、今に至る。
経済は小さくなったが、研究開発は加速した。
人による労働がほとんど必要なくなった現在、ミラーリングシステムは各地で生まれたアイデアや情報をフェノに吸い上げたり、他の都市に共有する目的でも使われている。
多くのことが国の管理下にあり、競争のない状態ははたして健全なのだろうか。他国からの侵略があったら?
以前はそういった議論も耳にしたが、長い平穏のうちに、そのような問いは人々の心から消えてしまった。
国の安全に関わる情報以外のほとんどは公開されているので、万一国家が危機に陥っても、別の誰かが復元可能ということになっている。理屈の上では。
ミラーリングと都市清浄。ウイルスなどの脅威から人々を守るためにも、国家としての発展を続けるためにも、すべての国民をミラー都市にバランス良く振り分けようとするこの計画は、ゆっくり確実に、ときに時流に委ねながら進められた。
その中で難しい問題もあった。それは人々の土地とのつながり、そして愛着だった。
土地とのつながりが薄い人、リモートワークが可能な職種の人間は、簡単に移住させることができた。特に、首都圏の人の密集にうんざりしていた人々は、進んで移住した。
問題は、その真逆の属性を持った人たちだった。特に農業や漁業など、第一次産業に携わる人たちは、簡単に動くことはできなかった。
多くの人は自分の生まれ育った街に愛着を持っている。親兄弟や友人との繋がりもある。美しい自然があり、生業もある。
必然的に、身軽な人たちがまずミラー都市に移住し、徐々に他の人たちも移住できる環境を整えることとなった。整えるもなにも、機械化が進めば人の労働は不要になるわけだから、生きるために土地を離れられなかった人々に関しては、移住を拒む理由は消失していた。
最終的には、近しい人たちとともに好条件で移住できるようになり、多くの人をミラー都市内に収容することができた。もちろん、それを拒む少数者もいた。政府はミラー都市の外に住むリスクを周知することはできても、強制的に移住させることはできない。個人の意思は尊重され、彼らは留まった。
今のところフェノも含めたミラー都市は414あるが、エアーフィル機能がさらに向上すれば、2つ以上の都市が統合されて減っていく可能性もある。同じ都市内なら通行手形は不要なのでさらに都合がよい。
通行手形が必要な理由は、安全の問題と、人の移動を管理する目的の2つがある。エアーフィルがあっても、やはり100%ウイルスの侵入を阻止できるものではないし、簡単に移動できるとなると、再構成された都市のバランスが崩れかねない。手形というシステムを挟むことで、心理的に移動を回避させようというのが狙いだった。
といっても多くの場合、申請さえすれば許可はおりる。唯一、フェノへの越境だけは異常にハードルが高い。フェノから他の都市への移動に関してはさほどではなかったが、地理的にも、その存在が放つ気高さにおいても、フェノは他者を拒むかのようだった。すべてが穏やかでフラットでニュートラルなこの世界において、フェノだけは特別だった。
「まあ、どうやって潜り込むか、おいおい考えよう。それよりシオ、これ付けてみろ」
私が倉庫からこれらを掘り出したのは、この若者のためだ。
「何ですかこれ?」
「手形より、まずはこっちだ」
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