第13話 [カショウ]都市の再構成1 - 都市清浄装置

あった。


倉庫の中で私は思わず声を上げた。表面に積もった塵をはらい、ツールケースを開ける。黒光りするそれらの道具は、俺たちはまだ現役だと主張しているようだった。これと同じものがもうワンセットある。棚の奥から引きずり出した小ぶりのダンボールには、ぎっしり書類が詰まっている。


それらを家に持ち込み、ダイニングの大きなテーブルに広げてみる。


ツールケースから時計型の端末を取り出し、電源を入れる。黒いディスプレイにカラフルなメーターが表示された。問題なさそうだ。


広げた書類のいくつかには、都市の基本設計や構造図が書かれている。どこからともなくやってきたシオが、そのひとつに釘付けになっている。私はそれに気づかないふりをして、道具の確認を続けた。シオは書類を見つめたまま1ミリも動かない。その状態がしばらく続いた。


「そっちが全ての都市に共通する設計で、こっちが頭脳都市のやつだ」


シオはそっちからこっちへ目を移した。


「まあ、走行車区域と歩行区域の区別があって、エアーフィル機能があって、ミラーリング機能があって……。そのへんは頭脳都市も他の都市と同じだ。違うのは、規模と、他の都市との距離や交通手段だ。あと、中心部には特殊な機能と機関があるが、それはまた別の資料に書いてある」


「中心部の資料もここに?」


「ない。あれはさすがに持ち出せない。見たことはあるが……」


シオは食い入るようにこっちを見ている。いやいや、もうずいぶん前だ。すぐには思い出せない。


「そこにいるのか?お母さんが」


シオは頷いた。


「とりあえず、問題は頭脳都市までの道のりだな。あとは手形。手形がないと入れん」


以前は、どの国も自然発生的な集落や街を元に行政区画が構成されていたわけだが、SARS-CoV-2以降、それは根本的に見直された。


きっかけは都市清浄機能、エアーフィルの開発だった。


中の気圧をわずかに高くすることで、ウイルスや不純物をブロックするというクリーンルームの原理を、都市そのものに適用したのがエアーフィルだった。


国中に張り巡らされた無数の通信基地局。それはエアーフィル装置を併設するのにちょうど良かった。


その装置によって空気を振動させる。振動によって発生した音は、また別の振動で消音される。そのふたつの空気振動が、都市の外と内に気圧の差を作るらしい。気圧の境目あたりにわざと塵をあつめて帯電させるかプラズマを発生させ、吸着させた不純物やウイルスごと破棄するというのがエアーフィルの仕組みだったと思うが、詳細はたしかではない。ともかく、汚れた空気は外へ排出されるが、外から中へは入りにくい状態が保たれる。


つまり、その見えない壁の中は快適だが、外は危険ということだ。エアーフィルが当たり前になった今では、、外は人間の住む場所ではない。


小さな都市でも数十㎡はある。しかも密閉空間でないのに、なぜそんなことができるか。私は知らない。知らないが、そういうことになっている。飛行機と同じだ。飛行機の原理を誰かが説明してくれて、なるほどと思うことはあっても、飛行機を作ったことのない私にとって、その理論の整合性は確かめようのないことだ。そしてあの巨大な装置は、多くの人が作業を分担して製造される。それぞれの知識と経験は部分的だ。本当の意味で飛行機の全てを知っている人間はこの世にいないのではないか。昔そんなことを考えたが、今だにそう思っている。


世の中そんなことばかりで成り立っている。“リミッター”が外される前でさえそうだ。あれ以降、さらに理解を超えたことが立て続けに起こったが、もう誰もが麻痺して、疑問にすら思わない。


エアーフィルに台風の影響はない。なぜなら台風はもう存在しないからだ。


環境問題においてプラスチックが取りざたされた時代があった。それをきっかけに、生分解性の物質の研究が進み、それを海上に撒く方法などで、台風や気圧をコントロールするのがポピュラーになった。エアーフィルにも、一部その技術が取り入れられている。

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