3
過保護だった母はわたしを猫かわいがりをしていた。
普通なら異性の父親が娘をかわいがるのだろうが我が家は違い、母親がその役を担っていた。
母親の過保護は成人しても変わらず、一人暮らしをするときなど「わたしを見捨てるの」と狂ったように泣きわめいた。
男性との交際が発覚すると誰彼関係なく難癖をつけては別れるように促してくる。
夫と付き合い結婚することになり、挨拶に行くと、彼を殺さんばかりの勢いで睨みつけていた。父など夫に同情するほどだ。
息子の智司が生まれ、その過保護はそっくりそのまま智司に向かい、ほっと胸をなでおろすことができた。
智司には悪かったけど……。
悪夢が軽減するようになったのはそれから。
毎日見ていたものが二日に一回、三日に一回と減っていき……。
気がつくとぐっすり眠れるようになっていた。
もしかしたら、天国のお母さんが助けてくれたのかもしれない。
こうして平穏な日々が戻りはじめた、矢先、おかしなものを見聞きするようになってしまった
見るのは中年の男。
思い出したように響く笑い声。
憑りつかれた。非現実な言葉が浮かぶ。
外では聞かないし見ない。見るのは家だけ。
台所にリビング、寝室、トイレで聞こえた時は羞恥を通り越して腹が立った。
トイレ以外のときは、夫や智司もいるときもあった。
でも聞こえるのはわたしだけ。
最初は同意を求めようと「さっき何か聞こえなかった」と二人に様子をうかがうが、首をかしげるばかり。
男の声は聞こえていないらしい。
手や後姿を目撃したことはあるが、正面の姿はまだ見ていない。
太った男だ。それが家のなかにいる。
何をしているのかわからない。
ただ、時折、気配を感じる。わたしたちのこの部屋に勝手に住み着いている。
別に何をするでもない。家のなかを徘徊し思い出したように聞こえる笑い声でびっくりするくらい。
でも腹立たしい。こっちはキチンと家賃を払って住んでいるのに、あいつは素知らぬ顔の我が物顔で部屋に居ついている。
夫と息子も感じてくれれば、この不満を共有できるが、気配を感じるのはわたしだけ。
気配だけで実害はない。
悪夢を見ていた方がまだひどかった。
それに、あいつの存在に慣れている自分もいる。最近は姿や笑い声を見聞きしても感じない自分がいる。
共生みたいなものだ。
慣れればどうってことない。
霊障みたいなものもないし。
ノートパソコンで家計簿をつけていると、視界の先に人影がよぎった。
いつもより人影は細いように感じた。
目をあげる。
老人がリビングを抜け台所の方に消えていく。
「なに、あの頭……」
思わず声が漏れた。
額から頭頂部にかけて異様に長い禿げた頭を目を剥いたまま見つめる。
老人の足が止まった。こっちに振り向く。わたしの視線に気づいたらしい。
頭の長い老人はわたしに会釈すると台所に向きを変えて歩いていく。
長い髭が顔を動かすたびに優雅に揺れた。
部屋中に中年男の笑い声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます