2
悪夢に悩まされていた。
とてもひどい悪夢だ。
思い出すのも忌々しい。
寝れば、必ずあれを見た。
夢のなか、わたしは恐怖と悲しみで発狂しそうな気持に苛まれていた。
理由はわからない。
ひどい時は自分の悲鳴で目覚めることもあった。
鈍感な夫はその隣で高いびきを掻いている。
むかっ腹が立ち、わき腹を小突いても唸り声一つあげやしない。
飲めないお酒に手を伸ばし、ナイトキャップに一杯あおってもダメ。
寝つきが良くなる薬に頼ってもダメ。
眠れば必ず、悪夢に苛まれる。
夢はいつも同じ、智司が――。
指先が痙攣してきた。
寒気が体を駆ける。
思い出そうとしただけで、このざまだ。
思いきり頭を振る。悪夢の光景を無理やり散らす。出ていけ、出ていけ……。
「ママ、どうしたの。最近、元気ないじゃん」
智司がしおらしく顔をのぞき込んできた。
最近、反抗期かと思うばかり小生意気な息子が尋ねてきた。
その顔にはわたしの苦痛が伝播したような、苦悶の表情が貼りついている。
「ちょっと、寝つきが悪くてね」
寝れば、あの悪夢を見てしまう。そのおかげで不眠症気味になっていた。
「どうして」
「時々、怖い夢見るようになって、それが怖いからかな」
「どんな夢?」
あんな不謹慎な夢、この子に言えない。
「怖い夢を見たってことはわかるんだけど、朝になると思い出せないんだ」
あいまいにごまかす。息子に心配かけてもしょうがない。
これはわたしの問題だから。
「ふ~ん」
息子はそう言うと興味をなくしたのか、折り紙に格闘しだした。
病気か何かを心配したが、怖い夢と知って呆れたのだろう。
会話はそこで途絶えた。
でも、十歳の子が母親の悩みを感じとれるまでなったんだと思い、少し感動してしまった。
夫などわたしの苦しみなどつゆも知らず、暇さえあれば息子のゲーム機に興じている。
息子の成長に対する感動が夫の不甲斐なさのいら立ちに代わっていく。
「ケセラセラ。大丈夫、大丈夫」
体に電気が走ったような衝撃があがる。息子の発した言葉に体が思わず反応した。
「え? 今なんて言った」
息子に聞き返す。
「は? 僕なんか言った」
怪訝な顔で息子が訪ね返した。
たしかに智司は声をあげた。「ケセラセラ。大丈夫、大丈夫」と。
智司は小首をかしげながら折り紙に目を戻した。
あの言葉は母親の口癖。胃がんが発見され手の施しようがなくなった時でさえ、繰り返していたほどだ。
智司も何度の聞いているはず。それが思わず口に出たのか。
でも、あの声色。お母さんに似てたような……。
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