8
「今度はお母さんの方の甥っ子さん。こういうのってつづく時はつづくけど、人の死がつづくのはやっぱりつらいなあ」
妻が両腕を抱き、摩りながら言った。実家からの電話が来た。母さんの妹の子、道夫が死んだのだそうだ。まだ中学生なのに。
自殺だそうだ。詳細はわからない。叔母の方も葬儀は親族だけでこじんまりとするということなので俺は参加しなくても良いと母は言ったそうだ。
これで何人目だ。俺の周囲で何人、人が死んだ?
面識はないが中学生の甥が死んだことで妻もだいぶ沈んでいるようだ。
曲沢にも連絡しているが全く繋がらない。
アパートは不在。奴の実家に行ってみたが人の気配がしない。
何度行ってもダメだ。
うちの会社では忌引きがつづいている。
そのせいで仕事量が増え残業がつづいている。
帰りがけ犬の轢死体を見た。ピンク色の腸が鮮やかに道路にはみ出している。
今朝、通勤路で茶色いピンポン玉みたいなものがいくつも転がっていた。
よくよく見ればそれらは、切断されたスズメの頭だった。
いたずらにしては度が過ぎる。
何かに憑りつかれたようだ。そう思わずにいられない。
目が覚め体が硬直する。金縛りだ。すでに恒例になっている。
何とか寝返り助けを求めようと妻を見れば、枕元から黒いのっぺりした人影が彼女をのぞき込んでいる。
最初は腰を曲げ見下ろしていただけだった人影から、両手が伸びだしている。
彼女の首を絞めようとしていると思うのは気のせいか。
周囲の不幸が脳裏をよぎる。
次は妻だと言いたいのか。
彼女は酷い怖がりだ。別府の比ではない。こんなこと相談できない。ただでさえ周囲の不幸に敏感になって、妻は腕にストレス性の蕁麻疹を出している。
背に腹は代えられない。自分で何とかしないと。
地元の神社や寺院に厄払いをしに行ってみるが、うちはそういうのをやっていない、私では役不足……、果ては、
「祓えるか、そんなもん!」
怒鳴られ塩を投げつけてきた坊主もいた。結局どこも相手にしてくれなかった。
ネットで検索をかける。お祓い、除霊、色々検索してみたが地元にはそういったものが得意な坊主や霊能者はいないみたいだ。
仕方なく、隣県まで幅を持たせると一件ヒットした。
相談はまずメールでと言うことで連絡手段はメールしか記載されていない。
思い切って相談の趣旨をメールで送ってみたが、返信メールが文字化けで要領を得ない。
それでもめげずにメールを送りつづけたが突然、ホームページが閉設してしまい、連絡手段がなくなってしまった。
今では昼日中にもかからわず、あの階段の踏板を鳴らす音が聞こえだす。
ストレスによる幻聴なのか、怪異なのか、俺にはわからない。
たまらないのは仕事場で聞こえてくることだ。
仕事は保険会社のカスタマーサポート。商品の説明、申し込み、購入後のアフターサービスを電話で応対する業務である。
サービスセンターにずらりと並ぶパソコンの前でイヤフォンマイクを当て、電話をかけてきたお客様から事情を聞き、内容をパソコンで入力していくのだが。
イヤーモニターから階段を踏み鳴らす音がしてくる。
『おい、てめえ、馬鹿にしてんのか』
男の怒鳴り声が響く。踏板の音が相談内容を邪魔して聞こえず、聞き返してしまった。最初から不機嫌そうな声だった。火種はくすぶっていたのに。
『何回も聞き返しやがって。高卒だと思って馬鹿にしてんだろ、え!』
お客さんの学歴までは知らない。
『何で店で契約してやったの……ネットで契約した奴の方が割安……こっちはわざわざ出向いてやって……お……』
ぎぃ、ぎぃ、みしぃ。
イヤフォンからあの階段の音がお客さんの声を封じていく。
絶叫が轟いた。たまらずイヤーモニターを引きはがす。
ブイン、と音をあげパソコンのディスプレイが真っ暗になった。
「え、何!」
「どうした、停電か」
同僚たちから声があがる。室内のパソコンが全部、落ちたらしい。スタートボタンを押すが反応がない。課長が自室から出てくる。
『小川、小川』
イヤフォンから声がする。俺の名前を呼んでいる。
この声……。
キーボードの上に落ちたイヤーモニターを被りなおした。
『小川、おがわぁ』
「おい、曲沢。何で、これ会社の回線だぞ。何でお前がここにかけてきて、俺の端末に繋がるんだ……」
全国からくる電話はランダムでオペレーターの端末に振り分けられる。
もちろん、前回のオペレーターを指名する場合もあるが、個人的な電話がこっちへ回ることはない。
そもそもコールセンターにかけ、社員を呼び出すなんてあり得ない。
大体、曲沢がこの会社のコールセンターの番号を知ってるはずがない。
俺に直接かけた方が早いのだから。
それにパソコンが落ちているのなら、それと連動している電話回線も落ちているはずなのに。
事実、周りの仲間はイヤーモニターを外して、不通の原因を探そうとしている。
『とにかく、来てくれ。オレ一人じゃ埒が明かない。いくら何でも重くて』
「おい、お前、今どこだ! 散々、連絡したのに何で出なかったんだ」
俺は声を潜めながら曲沢を非難する。
『あれを元に戻せば、祟りも終わるはず』
ぎぃ、みしぃ、ぎぎいい。また階段を踏みつける音が。
『お前も手伝ってくれ。これはオレとお前がしなけりゃならないんだ』
「だから、どこにいるんだよ。ずっと連絡してたのに全然、出もせず……。それに何をしてんだ。何を手伝うんだよ」
「百度石に決まってるだろうが!」
曲沢の声が轟いた。
「何、今の声」
向かいの女性オペレーターが中座して左右を見渡す。
イヤフォンではない生の曲沢の声だった。それがセンター中に響いたのだ。他の人間も男の奇声に不審がっている。
「ひゃくなんとかって言ってたよね」
「うん、言ってた。言ってた」
あちこちでざわめきがあがる。みんな動揺している。
『とにかく、来てくれ。あの家だよ。あの家』イヤーモニターから曲沢の声が聞こえだす。
「あの家? どこの家だよ」
『だから、百度石を運び込んだ……』
「百度石を運び込んだ? 家?」首をかしげる。
「神社の向かいの爺のボロ家に決まってるだろうが!」
隣のアルバイトの大学生の男が声をあげた。
声は完全に曲沢だった。大学生はそのまま掴みかかってきた。
若い男に覆いかぶされ、彼と一緒に椅子から崩れ落ちる。
背中に激痛が走る。床に思いきり打ちつけた。
大学生は俺の上で震えだす。
俺の体からずり落ち、その横で痙攣をはじめた。
泡を吹き、失禁までしていく。
結局、その日、一日、仕事にならなかった。
パソコンはダウンしたままで原因もわからない。業者を呼んでも彼らも首をかしげるばかりで、修理が進まない。同じようなこと前にもあったぞ。
隣の大学生は救急車を呼ばれ、病院へ搬送されていった。周囲は大学生の錯乱による奇行だと思っているらしい。
みな、俺の事情は知らない。彼がああなったのはたぶん俺のせいなのに。
帰りぎわ、大学生の訃報が社内にもたらされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます