『昨日の葬儀場の件……。知ってるか』


 受話器の向こうで曲沢の陰気な声が響く。昼休み、奴から電話がかかってきた。


「ああ、食中毒じゃないんだろ。毒物混入……」


 群馬県の地方都市にもかかわらず、事件は全国区となりマスコミが騒ぎ出した。

 朝のワイドショーでは中継まで出て、別府の通夜を行った葬儀場の前でリポーターが事件の概要を語っていた。

 事件は俺たちが去った直後に起きている。

 通夜振る舞いに参加した人間が次々と倒れだしたのだそうだ。


 はじめこそ会場の料理に当たった食中毒とされたようだが、詳しく調べると青酸カリの中毒症状だったそうで、事故が一気に事件性を帯びはじめた。


 では一体、誰がそんなものを……。


 犯人はあっけなく判明した。

 別府の母親だった。

 彼女が自分の実家のメッキ工場から青酸カリを盗み、飲み物に混入させたらしい。

 彼女は会場のトイレで首を吊っているところを発見される。

 洗面台には遺書が置かれていた。

 動機は長年、夫から受けた言葉の暴力だったようだが、あまり要領が得ないらしい。


俺たちは昔から二人を知っている。別府の口からも両親の不仲は聞いたことがない。もしDVがあったのなら別府から相談されていてもおかしくない。


遺書に書かれたことは本当なのか?


 息子の自殺を機に精神のバランスが崩れたのが間接的な原因とも報道されている。

 この事件によって五人の人間が亡くなり、今も十三人の人間が入院している。


『そのうち、オレたちも事情聴取とか呼ばれるかもしれないな』


 受話器の向こうで曲沢が言う。


「今日、連絡が入った。俺の父方の叔父が死んだって」


『はぁ!』曲沢の大声にスピーカーにノイズが混じった。


「交通事故だそうだ。見通しの良い道路にもかかわらず電信柱に激突して、即死だったと」


『何だよ、それ……』


「わけがわかんねえよな……」


 沈黙が起こる。別府は死に、その通夜で理解不能な犯罪が置き、死者が出た。曲沢の姉さんが死に、今度は俺の叔父まで事故死してしまった。

曲沢の話ではお姉さんが病死らしいが、詳しくは聞けなかった。

 それが数日と言う短時間の間に起きている。


『これって、祟りじゃないか』


 曲沢が沈黙を破った。


「祟り? 俺たち罰当たりなことしたっけ」思わず声色が高くなった。


『あれだよ、百度石。オレたちあれを移動させたろ』


「おい、おい。石をちょっと動かしただけだろ。それだけで祟りって」


『ちょっと動かした? 馬鹿、オレたちはあれを――』


 甲高いハウリングがつんざいた。たまらずアイフォンから耳を遠ざける。

 間をおいてアイフォンを耳にあてる。通話は切れていた。曲沢にリダイヤルするがつながらない。

 それからも間をおいて奴に電話をかけつづけた。でもダメだった。

 もしかしたら姉さんの葬儀とかの関係で俺と連絡を取っている場合じゃないのかもしれない。

 あいつとの連絡はあきらめる。


 仕事を終えた俺はあの夜、肝試しをしに行った神社へ行ってみることにした。

 ああして曲沢に聞かされても、まったく何も思い出せていない。

 本当に俺たちは百度石を移動させたのか見てみたかったのだ。


 でも……。


 黒くすすけた鳥居には規制線が貼られていた。香ばしい臭いが鼻を衝く。

 一体何が……。アイフォンで調べてみる。

 神社は四日前、放火に遭い拝殿は全焼してしまったそうだ。

 犯人はこの神社の神主。家族と夕食を囲んでいるなか、突然、奇声を発し外に飛び出す。

 いつ手に入れたのか二十リットルのガソリンの携行缶を持ち出すと拝殿に振りかけ、燃やしてしまったそうだ。


 神主は燃える拝殿のなかに入って焼死している。

 あっという間の出来事だったらしい。家人の制止を振り切り奇行を犯す神主はずっと笑っていたそうだ。


 鳥居の前から焼けた崩れた拝殿の跡が見える。

 話だと拝殿から少し離れたところに石はあったらしいが、そのあたりを目を遣るも見当たらない。


 一体、どこに行ったのだ。消火の際にどけられた? そもそも百度石なんてあったのか?


 背中に何かを感じた。振り返る。

 神社の向かいの民家で老人が竹箒で辺りを掃いていた。

 さっきはいなかったはずだけど。


 七十は越しているだろうか。老いた男はせわしなく箒を動かしている。


 家も年季が入っていた。木板の外壁はあちこち剥離し、二階にある窓の雨戸は外れ、窓枠にある鉄柵のおかげで下に落下するのをかろうじて免れている。

 地面には割れた瓦がいくつか落ちていた。屋根から落ちたのだろうか。この家、大きな台風でも吹けば一たまりもないかもしれない。


 枯れ枝みたいな手から節だった竹箒が抜ける。地面に落ちる。

 老人はそれでも箒を掃く仕草をつづけた。ふざけている。違う、ボケてんのか。

 視線を顔に向ける。シミだらけの顔。薄くあいた口元からよだれが垂れていた。

 黒目がやけに薄い。灰色を越え白茶けている。老いるとこうも色が抜けてしまうのか。黄色味がかった白目の方が色濃いほどだ。


 老人はようやく箒がないことに気づく。


 足元に目を遣り、ようやく箒を探り当てた。

 かがんで箒を掴もうとするが、なかなか手が届かない。

 その瞬間、白い軽自動車が俺たちを割って入って走り去った。

 老人に目を遣るが、そこにはもう彼はいない。

 同時にその前のガラス戸が音を立て閉まっていった。

 ほんの一瞬の出来事。

 さっきまで緩慢な動きの老体にしては素早い気がするが。

 あの爺さん、どっかで見たような……。

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