「お前、明日、仕事なんだろ、大丈夫か、最後まで付き合って」


 千鳥足の小川が前を歩く別府に声をかけた。


「ああ、平気、平気。オンラインゲームで徹夜して仕事するなんてざらだし、今日はお前らみたいに馬鹿みたいに飲んでねえしな。どうってことねえよ」


 空き缶を小刻みに蹴飛ばし弄びながら別府が答えた。

 ふいに吐き気がこみ上げてくる。

 立ち止まって吐き気に耐えるが……。


「ちょ、ちょっと待って」前を行く二人に声をかける。


「おい曲沢。またゲロか」


 小川が呆れ気味に言い、振り返った。

 こいつ、オレよりワイン飲んでんのに全然、平気らしい。

 食道を酸っぱいのが駆け上げてくる。

 ふらつきながら脇により、民家の壁に手をついてぶちまけた。


「まったく、何回吐きゃ気が済むんだよ」


 小川が手を立てて笑いだす。


「馬鹿、声が大きい。何時だと思ってんだ」


 別府が小川を小突いた。素面の別府は冷静だ。周囲を気にしている。

 オレは吐き気に従順に従う。出るのは胃液ばかり。数分前も嘔吐した。

 あれで吐き切ったと思ったのに。

 別府が背中をさすり介抱してくれる。


「わりいなぁ、わりいな」


 吐き気の合間に友人への謝罪の言葉がこぼれた。

 同時に目じりから涙もこぼれている。


「あー、すっきりした」


 オレの苦しみなどしらず小川がベルトを締めなおしながら声をあげた


「そっちは立ちションかよ」


 別府の呆れる声が後ろから響いた。


「なあ、それより肝試ししねえか」


 小川が声をあげる。左右に眉がいびつに歪んでいる。悪いことをする時、小川はいつもこうして眉を歪ませていた。大人になってもかわらない。


「肝試しぃ。いいねえ」腕で口元を拭いながらオレは言う。

 だいぶすっきりした。もう大丈夫。


「このまま帰るのもちょっと物足りなかったし」


「肝試しって、どこでやるんだ。そんなのできるところなんてないだろう」


 別府が難色を示した。こいつ、以外にビビりなのだ。


「この先に寺があるんだよ。そこの墓地でもぐるっと巡るっていうのは、どう」


「寺、そんなのあったっけ?」


 オレは酔った頭を働かせる。でも思いつかない。


「こっちだよ、こっち」


 歩きだす小川にオレたちはついていく。


「ここ、寺じゃねえよ。神社だよ」


 住宅街の合間にある鳥居を眺めながらオレは声をあげた。


「寺じゃないの。神社か。ってことは墓ないの」


 小川が甲高い声で落胆した。


「でも、入ってみねえか。面白そうじゃん。肝試しがてらに」


 オレは鳥居をくぐった。今度は二人はついてくる形になる。

 空は白みはじめている。

 さしあたり変わったものはなく、ものの五分ほどで境内を見回ってしまった。

 奥の方には神主の自宅があるようで、さすがにそっちまでは見回るわけにはいかなかったが。


「た、大したことないじゃん」


 別府が胸を張って答えた。虚勢を張っているのは見え見えだが黙っておいた。奴にしてはよくやった方だ。


「確かに、どうってことなかったな」


 小川がつまらなそうに言った。


「なあ、あの短い柱、何なんだろ」


 小川が境内の中央にある膝丈ほどの高さの柱を指さした。

 三人で柱を取り囲む。

 太さは成人女性の胴回りほどある、こんもりした柱上の石。上から見ると五角形の形をしている。


「ひゃく、たび、いし」一面に刻まれた漢字を小川が読み上げた。


「百度石(ひゃくどいし)だよ」オレがすかさず言い直す。


「百度参りって知ってるか。願掛けの一種で、願いを叶えるために拝殿などを百回巡ることで、百度石はその往復する中継地点にある境の石なんだ」


「さすがパワスポオタク。詳しいねえ」


 小川は思わず拍手する。


「うるせぇ。馬鹿にしやがって」オレは頬を膨らませた。

 小川が五角形の角柱状の石を左右に揺らしはじめた。


「おい、何やってんだ、馬鹿。罰あたんぞ」


 別府の声を無視して小川が柱を揺らしつづける。


「これ、思ったより重くねえぞ」


 石は地面にただ置かれているだけのよう。

 揺らすたびに石の根元に空間が生まれた。

 酔った小川の力だけで、石柱は数センチ移動された。

 

「なあ、これ……」


 小川がまた眉を歪ませた。オレたちはそれぞれ顔を見合わせる。

 高校の時から、三人揃うと、ふざけたことばかりやっていた。

そのせいで何度も担任に呼び出しを喰らっていたっけ。

 素面の別府もまんざらでもない顔をしている。

 酒で気が大きくなっていることも手伝い、オレたちは……。

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