葬儀場の一室。小さな部屋に読経がつづく。

 読経に混じり、すすり泣く声が入り混じる。

「ご焼香をお願いします」読経が止み坊主が静かに声をあげた。

 別府誠人の両親が立ち上がり焼香台に向かう。

 

 参加者は三十人前後。

 両親、親族につづき、別府の職場の人間が焼香をした。

 友人である俺たちの番が回ってくる。

 

 奴の両親に頭を下げる。父親が頭を下げた。

 母親の方は背中を丸め、ぼんやりと祭壇を眺めている。

 俺につづき、曲沢雄一が頭を下げた。

 先に焼香台へ。

 盛大に飾られた花のなかに祭壇が設置されている。

 葬儀場の備え付けの祭壇は妙に白茶け作り物めいた感じが否めない。

 中央の遺影では別府が馬鹿づらで笑みを浮かべていた。

 

 一週間前、奴はドはまりしているAV女優の作品の感想を幸せそうに語っていた。

 あの時はまさか、こいつが自殺するなんてまったく想像できなかった。

 今でも理解できていない。そもそも原因は何なのだ。

 高校からの腐れ縁。

 今も、時々連絡を取り合い、暇を見つけて三人で酒を飲んでいる。

  高校時代から変わらない。

 ま、当時は未成年でこそこそ隠れて酒盛りしていたが……。

 互いに多感な時代を共にした仲間だ。

 悩みなんかも冗談めかして話し合い笑いながらアドバイスめいたことをしてきた。

もちろん、それで悩みが解消されるとは限らない。

 それでも話すことでガス抜きになり、だいぶストレスの軽減になった。

 

 少なくても俺はそうだった。

 

 場内の人々から聞こえもれる話を総合すると、あいつに借金はなかったそうだし、女に振られたとか、会社で大きな失敗をしたわけでもないらしい。

 誰もがあいつの自殺に首をかしげている。

 別府は実家暮らし。通夜がはじまる前、俺と曲沢のところにやってきた父親は、

 

「この前、酔っぱらって帰ってきた息子はご陽気で、小川くんと曲沢くんと久々に呑めて、本当に楽しかったと話していた」


 そう言い奴の父親は息子と仲良くしてくれてありがとうと頭を下げてきてくれた。

 別府の馬鹿が、何、勝手に死んでんだ。

 悲しさはあまりない。それより怒りの方が大きい。

 そういえば……。

 あいつのAVコレクション、どうなっちゃうんだろう。

 入らぬ心配が頭をもたげた。おかげで怒りがしぼんでいく。

 

「ひぃ」隣で悲鳴があがる。曲沢の声だ。


 眉間にしわが寄る。

 馬鹿が。こんなところで何、不謹慎に騒いでんだ。

 避難がましく級友を睨みつける。

 隣で曲沢が目をひん剥いて立ち尽くしている。

 目をこぼさんばかりの勢いで目の前を見つめている。

 手が尋常じゃなく震えている。

 何やってんだ、こいつは――。


 馬鹿の奇行の原因を見定めようと曲沢の視線の先を追う。

 どうやら遺影を見て固まっているらしい。

 別府の馬鹿づらが何だっていうんだ……。

 口元に手をあてがう。隣の馬鹿のような悲鳴をあげずにすんだ。

 黒縁の額のなかでは別府の馬鹿づらに代わり、急こう配の階段が写っていた。

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