巣ごもり怪談

クジラマク

第一話 階段

 目が覚めた。

 部屋のなかは暗い。いつもなら朝までぐっすりだけど。

 朝なら閉めたカーテンの隙間から入る太陽の日差しで薄明るくなっている。 

 変な時間に起きてしまったらしい。

 テーブルスタンドの目覚ましを見ようと寝返り……。

 できない。体が動かない。

 

 目が冴える。

 体に力を入れ、もう一度、寝返……。

 ダメだ。動けない。

 瞼を閉じる。そして開ける。瞼は動く。でも……。

 体が動かない。

 ああ……。吐息がこぼれる。

 夜目に慣れていた。ベッドの隣り。おかしなものがある。

 

 階段? 

 

 木製の踏板の厚い階段が、俺の部屋の真ん中に現れ、天井までつづいている。

  幅は狭く、急こう配。

 昔の婆ちゃん家の階段を思い出す。古い日本家屋にあるようなやつ。

 のぼりにくそうだ。

 階段は妙に生々しい。吐息がまた出た。

 

 これは夢じゃない。

 この数日、つづいている金縛りだ。

 それに合わせて見える謎の階段。幻覚? 階段の幽霊?

 目覚めた時は混乱して状況が理解できないが、慣れてくると色々思い出してくる。

 

 ぎぃ。音だ。ぎぃ、みしい、ぎぃ。

 音がつづく。階段から音がする。これは初めてのパターン。

 Tシャツのなかが汗ばむ。布団のなかの温度があがる。

 ぎぃ、ぎぃ……。階段を、誰かが、降りてくる? あがってくる?

 

 何かが来る……。

 

 鼓動が不規則になる。見たらヤバイ。本能が告げる。体に力を入れる。動かない。

 それでもつづける。無駄な悪あがきをする。

 でも動けない。ベッドがむなしく軋んだ。

 音が大きくなる。

 何かがやって来る。

 布団のなかが暑い。でも剥ぐことすらできない。

 

 カチカチ、口のなかで音が鳴る。歯の根が震えていた。

 体は熱いのに手足は異様に冷たい。

 体の感覚がめちゃくちゃ。一体、これは何なんだ……。

 すがる気持ちで、ダメもとでもう一度、体に力を入れる。

 視界が反転。寝返りできた。でも動けたのはその一瞬だけ。


 ベッドの脇へ目が向いた。

 ガキの頃、悪夢を見た直後に隣で寝ていた母親にすがり着くような目を。

 いっしょに寝ている妻を見つめる。

 妻は気持ちよさそうに寝ている。少しホッとする。

 夫が隣で苦しんでいるのにスヤスヤ安眠していた。

  すぐに理不尽な怒りがこみ上がる。

 妻の寝顔に影が差す。

 影に反応し視線が移動した。

 俺たちのベッドの枕元、人影がいる。

 立体感のない、のっぺりとした人の形をした影が腰を曲げ、寝ている妻の顔をのぞき込んでいた。

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