第二部 甘くて苦い
セスさんの案内で談話室に戻った私は深見さんが入れなおしてくれた紅茶を飲んでいた。
「理想のレターセットに出会えたようですね。」
「はい。」
深見さんは席につくとこう言った。
「お手紙を書く上で私に思い出話をお願いできますか?」
「思い出…話ですか?」
えぇ、と深見さんは告げた。
深見さんが言うには、御代は依頼者の思い出話のようだった。
依頼者の手紙を出したい相手の思い出話。
話してるうちに書きたい内容もまとめられるし、なにより深見さんが聞きたいらしい。
私は洋平との思い出話を話し始めた。
私と洋平は大学1年生の時に出会いました。
梅雨時で雨が降っていて、私は雨宿りをしていました。
そこに雨で濡れた彼が来たんです。
すごい濡れていて、何かを大事そうに抱えていて。
大事そうに抱えてるなと思って見てみたらそれが本で。
一生懸命濡れてしまった本を拭いているんですけど、彼が濡れたままで。
あまりにもびしょ濡れだったのでハンドタオルを貸したんです。
風邪ひいちゃうから拭いてください、って。
彼、一瞬ぽかんって顔して「ありがとう。」って。
それが出会いです。
それから話すようになって、彼からおすすめの本を借りたり教えてもらったりして仲良くなって、その年のクリスマスに呼び出して告白したんです。
彼は「本をずっと読んでいてつまんないし、君にはもっと合う人がいる。」って言われたんです。
でも付き合うなら洋平しかいない、って思って「それでもいい。そんな洋平が好きです。」って言ったんです。
そしたら、くしゃって笑って「僕も君が好きだ。」って言ってくれたんです。
付き合ってからもそんなに変わらなくて、デートはほぼ毎回カフェだしたまに出歩くなって思ったら本屋さんだったし。
でも気を使っておしゃれなカフェに行ってくれたり。
変わり映えしないそんな日々が大好きだったんです。
ただ、毎回わたしの誕生日には水族館に連れて行ってくれたんです。
私の誕生日が文化の日で、休みの日なんで必ず混むんです。
人混みが嫌いなはずなのに連れて行ってくれたんです。
それが本当にうれしくて。
社会人になってお互いの職場の場所が遠くて会う時間がないねって話をしたら、「同棲しませんか?」って。
想像もしてなかったのですごくうれしくて。
あれは泣いたなぁ。
私の26回目の誕生日のとき、いつものように水族館にデートに行ったんです。
そしたら、帰り際に洋平がプロポーズしてくれたんです。
「僕には感動するプロポーズの言葉がわからないから、これだけ伝えるね。ずっとふみるのことが好きでした。僕と結婚してくれませんか?」
こう言ってくれたんです。
ありきたりなシンプルな言葉だったんですけど、すごく嬉しくて。
自分は今、だれが何と言おうと世界一幸せだなって思ったんです。
って、ただののろけ話になっちゃいましたね。
でも、本当に幸せで。
だけどその帰りに交通事故にあったんです。
対向車線から車が目の前に出てきて。
救急車で運ばれたんですけど、私はもう手遅れで。
洋平は重症だけどかろうじて大丈夫だったみたいです。
「ここで私の話は終わります。」
私は話し終わったあと、紅茶を飲みなおした。
温かい紅茶は私の身体に溶けるように飲み込まれていった。
それは酷く甘くて、とても苦かった。
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