十五
同性愛者であることが悪いのではない。ジュールにだってわかっている。
問題は、それなのにジュールの母との婚姻話を進め、あまつさえ結婚前に強引に事に至っていることだ。ジュールの母の合意も得ずに。
読みながら、手が震える。震えを止めようとしたら今度は吐き気がしてきた。
ジュールの母の混乱とジュール自身の困惑がシンクロしていた。
―やっとわかったわ。あの人は、私なんか愛していない。いいえ、見てもいない。私の血筋と父との縁故が欲しかっただけ。そして自分の血を引く子が…。私は器に過ぎなかった。花を活ける壺のように。生まれてくる子が花なのだ―
その後も、故意に怪我をして流産させようとしたり、黙って堕胎手術を受けようとするが悉く失敗した上に屋敷に監禁され、泣き続ける様子が綴られていた。
そして、出産。
子を産む道具として扱われ、死ぬかもしれない苦しみを強要されるのはどんな思いだろう。
その結果として今いるのが、自分なのだ。
―もういい。自分は役目を果たしたわ。子供の顔なんて見たくもない。だって私は母じゃなくて壺なんだもの―
最後の日記はそこで終わっていた。
そして後藤の字で続きが書かれていた。
『ジュールさんのお母さんは、ジュールさんを産んですぐに病室の窓から飛び降りて亡くなりました。この日記はジュールさんのお母さんのメイドから、ジュールさんへ渡すようにと、先日私宛に送られてきました。もちろんお父様には知られないように、との注意書き付きで。お母さんのご家族についての情報はお教えするわけにはいきませんので、あらかじめご了承ください』
淡々と、事務手続きのように記された事実は、ジュールを打ちのめし、自身の存在を破壊したくなる衝動を生むのに十分だった。
鼓動が早くなる。冷や汗も出てきて、今にも吐きそうだ。しかし洗面所へ行くために立ち上がる力も出てこない。助けを呼ぼうにも、まずは手元の母の日記を隠すほうが先決だがそのために動くことすらままならない。
やっとの思いでベッドの下に母の手紙を押し込むと、力尽きてその場に崩れ落ちた。ジュールを発見したのは、夕食に全く手を付けた様子が無いことを不審に思った、翌朝に出勤した料理人だった。
すぐに後藤と救急車が呼ばれ、意識不明のまま一昼夜を彷徨った。
しかしその時も、父がジュールに会いに来ることはなかった。
父、小田切和彦は、血のつながった息子を道具としてしか見ていない。
母を道具として扱い、必要が無くなるとあっさり捨てたように。
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