十六

 約束の土曜日。前回と同じ赤坂駅前で、ジュールと總子は待ち合わせた。

 今回もジュールは先に到着して、總子がやってくる方向を見て待っていた。


「總子さん!」

 よく晴れた土曜の太陽よりもっと眩しい笑顔が總子の目に焼き付いた。気が付けば總子も大きく手を振って叫んでいた。

「ジュールくん、おはよー!」

 その途端、ジュールが總子へ向かってダッシュしてきた。背の高いジュールがすごいスピードで走ってくるので、總子はぶつかるのかと恐怖を感じたが、總子の目の前でパッと立ち止まり、もう一度あいさつした。

「おはよ!っていうかもう11時だよ。おはようじゃないよね」

 そうだね、と笑い合って、どちらからともなく自然に手を繋ぎ、ジュールが先導する形で歩き出した。


「今日は俺が奢るからね。總子さん、好きなものを食べてね」

「え?だ、だめだよ!私社会人だし、ジュールくん高校生じゃん!」

「ランチくらい払えるよ。それに、今日は俺が誘ったんだし。自分から誘ったデートで女性に払わせるなんてかっこ悪すぎるよ」


 デート、なのか、これ…。

 確かにそうかもしれない。駅前でジュールと待ち合わせ、手を繋いで歩き出したあたりから周囲から視線を感じる。主に女性の。

 手を繋いでいなければただの知人、または姉弟と思われなくもなかったのかもしれないが、その程度の関係性で手を繋いで歩いたりしない。女性は挙動と心情をリンクして考える。

 そう意識した時、先日奈々に言われた言葉を思い出した。


『あんなラブラブオーラ振りまくほどの関係』


 そしたら急に、繋いでいる二人の手を、世界中の人に見られているかのように意識してしまった。

(ま、まずいかこれはやっぱり!)

 しかし振り払うのはおかしい。とっさに咳が出てそれを抑えるふりをして手を離した。

(だ、大根演技だったかな…。でも不自然じゃない、よね?)

 演技の咳を数回繰り返しながらジュールをチラ見すると、本気で心配そうに覗き込んできた。

「大丈夫?電車、エアコンきつかったの?」

「だ、大丈夫!ちょっとむせちゃっただけだから…」

 罪悪感もあって慌てて言い訳したのだが、ジュールは納得したらしくにっこり笑って、まだ手で口を覆っている總子の肩を抱いて歩き出した。

(今度はそっち?!演技した意味なーい!)

 嬉しいが困った。奈々が見ていたら絶対また同じことを言う。


 しかし、段々と「それでもいいかもしれない」と思い始めている總子もいた。

 とにかくジュールの顔が楽しそうなのだ。

 周りがどう見ているか、それが全く気にならないというと嘘になるが、人目を気にしてこの笑顔を曇らせることのほうがしてはいけないことのように思えた。


 世間体や衆目と、ジュールの笑顔。

 どちらが大事か、總子にはもうわかっていた。

 大事なものが、既に数日前とは入れ替わっていることに、總子は徐々に気づき始め、同時にそれに対する心地よさも感じていた。

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