十四

『今日、素敵な人に出会った』

 最初のページは、こう始まっていた。


―父の知り合いの日本人。アジア人なんて実は初めて近くで見たけれど、とても紳士でフランス語も堪能で、ハンサムだったわ。エスコートも完璧。お父様はどうしてあの方を私の誕生日パーティーに呼んだのかしら。でもとても素敵な人。また会えたらいいのに―


―あの方のお名前を聞いたわ。カズヒコ・オダギリ。日本人の名前は発音が難しいわ。ちゃんと呼べずに困っていたら『カズでいいですよ』と言って笑ってくれた。笑顔も素敵だったわ―


―お父様の意図がやっとわかった。私とカズを結婚させるつもりだ、って。本当に驚いたわ。だって私はまだ17だし、若く見えたけれどカズは30歳。かなり年が離れているけれど…。でもこの世界じゃ不思議じゃないわね。お父様とお母様だって15も離れているもの。カズは王子様のように素敵な人。きっと私、幸せになれるわ―


 読んでいるジュールが気恥ずかしくなるような両親の馴れ初め。しかしそこに書かれている「カズ」と、ジュールが知っている父とはどうしてもイメージが重ならない。

(別人じゃないのかよ…)

 しかしページはまだ続いている。漫画に挟んで、ばれないように読み続けた。


―今日、カズにプロポーズされたわ。真っ赤なバラの花束なんて初めてもらった。今日の記念にずっと取っておきたいけど、花はすぐ枯れてしまうわね。でもいいわ、素敵な婚約指輪ももらった。結婚したら私も日本へ行くのかしら?そうしたら日本語も勉強しなければ…。私に出来るかしら―


 後藤の話では、ジュールの母は昔の貴族階級の血を引く家の娘らしい。

(そんなお姫様があんなのと夫婦とか何のギャグだよ。しかも日本に来る気だったのか)

 少女漫画に出てくるような想像でもしていたのかもしれない。ジュールは微笑ましさに笑みが漏れた。

 

 しかしジュールの母の幸せな空想は長く続かなかった。次の日記で、ジュールの手も止まる。


―あり得ないわ。なんてことなの。私たちまだ結婚していないのに…。カズがあんな人だったなんて!しかもお父様も酷いわ!カズの味方をして私の気持ちなんて少しも分ってくれない…。ウェディングドレスなんて着れない。私はもう汚れてしまったのだもの―


 婚前に強引に関係を持ったことが、子供のジュールにも想像がついた。しかもどうやら娘の父、ジュールからみたら祖父もグルだったようだ。

 日記は続く。


―あの男は誰?カズは私の未来の夫なのに、そのカズとあの男が何故キスをしているの?―


 ジュールはめまいがした。

 父は、同性愛者だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る