急いで食べ終わった總子は、ゆっくり食後のコーヒーを飲む奈々に、先週からの流れをすべて説明した。


「…というわけで、流された私もよくないんだけど、毎朝同乗してくれることになって…」

 カチャ、とカップをソーサーに戻し、奈々は「なるほど」と頷いた。

「總子的に頑張って拒否ろうとしたけど、スルーされてしまった、と」

「うん…。なんか、正義感強いっていうか、楽天的っていうか…」

「楽天的、ねぇ…」

 奈々は、總子から聞いた話の中の少年―ジュール―について、少し違う印象を抱いていた。


 普通の、正義感強いだけの男子高校生がとる言動とは思えなかったのだ。

(自分にがあるから、總子の不安も一蹴したのでは?)


 悪い子ではないだろう。ただ、總子が想像しているようなではない。そんな気がした。

(今のところ、總子に害はなさそうだけど…)


 相手の素性がいくらかわかって安堵した奈々は、もう一つの忠告を總子に伝える。


「その、ジュールくん、だっけ?その子が悪い子じゃなのはわかった。けどさ…通勤電車であれはやっぱり目立つよ、多分」

「…そんなに?」

「私以外の人に何か言われたりしてない?」

「うん、特には…」

 そうか。總子は会社でもかなりおとなしいほうだ。飲み会は忘年会や歓送迎会のような必須ものだけ、合コンにも来ない。二人の会社は比較的大企業で、社員数も多いから紛れてしまっているのかもしれない。

「だったらいいけど…。彼のあの外見じゃ、弟です、は通用しないから、誰かから突っ込まれた時の言い訳考えておいたほうがいいかもね」

「言い訳って…」

「だって相手は未成年だもん。嘘でもいいから、一緒にいる正当な理由を考えておいたほうがいいよ。總子って基本的に嘘つけないじゃん。その場で取り繕うとか出来ないから、その様子をみて変に勘繰られたらいやでしょ?」


 確かに奈々の言う通りだ。言い訳しないといけない理由はないが、会社で居心地悪い思いはしたくない。


「いっそほんとに付き合っちゃうって手もあるけどねー」

「あのねー…、流石にそれは…」

「どうして?18ならセーフじゃない?總子にそういう気持ちはないの?」

「無い無い!高校生だよ?!」


 カップをソーサーに戻しながら、奈々は表情を改めて總子に問いかけた。

「大人としての責任、っていうのは分かるけど、奈々がいつまでも恋愛に踏み込めないのってそこね」

 奈々のいつにない真剣な顔に、總子は少し緊張しながら答えた。

「踏み込めないっていうか…、興味がないから…」

「本当に?逃げてるだけじゃなくて?」

 總子は、奈々の突き刺すような言葉にギクッとした。


「恋愛ってさ、確かに誰もがしなきゃいけないことじゃないし、ノリでするものでもないよね。でも一番自分が成長出来る方法の一つだと思う。好きな人と一対一で向き合うと、自分のダメなところとか弱いところが嫌でも剥き出しになるの。でもね、好きな人が相手だと、逃げるわけにいかない。必死で自分と戦うのよ」


 少し微笑みを戻して、奈々は続けた。


「總子に足らないのって、そういう経験だと思う。いい機会だと思うよ。まぁ、相手の彼がどう思うかだけどね」


「そ、そうだよ…。私10歳も年上だし」

「別にいいじゃん、片想いだって」


 そう言われて、總子は改めて己を振り返り、愕然とした。

 自分は、片想いですら、誰かに恋したことがなかったことに。

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