十
急いで食べ終わった總子は、ゆっくり食後のコーヒーを飲む奈々に、先週からの流れをすべて説明した。
「…というわけで、流された私もよくないんだけど、毎朝同乗してくれることになって…」
カチャ、とカップをソーサーに戻し、奈々は「なるほど」と頷いた。
「總子的に頑張って拒否ろうとしたけど、スルーされてしまった、と」
「うん…。なんか、正義感強いっていうか、楽天的っていうか…」
「楽天的、ねぇ…」
奈々は、總子から聞いた話の中の少年―ジュール―について、少し違う印象を抱いていた。
普通の、正義感強いだけの男子高校生がとる言動とは思えなかったのだ。
(自分に自信があるから、總子の不安も一蹴したのでは?)
悪い子ではないだろう。ただ、總子が想像しているようなただの高校生ではない。そんな気がした。
(今のところ、總子に害はなさそうだけど…)
相手の素性がいくらかわかって安堵した奈々は、もう一つの忠告を總子に伝える。
「その、ジュールくん、だっけ?その子が悪い子じゃなのはわかった。けどさ…通勤電車であれはやっぱり目立つよ、多分」
「…そんなに?」
「私以外の人に何か言われたりしてない?」
「うん、特には…」
そうか。總子は会社でもかなりおとなしいほうだ。飲み会は忘年会や歓送迎会のような必須ものだけ、合コンにも来ない。二人の会社は比較的大企業で、社員数も多いから紛れてしまっているのかもしれない。
「だったらいいけど…。彼のあの外見じゃ、弟です、は通用しないから、誰かから突っ込まれた時の言い訳考えておいたほうがいいかもね」
「言い訳って…」
「だって相手は未成年だもん。嘘でもいいから、一緒にいる正当な理由を考えておいたほうがいいよ。總子って基本的に嘘つけないじゃん。その場で取り繕うとか出来ないから、その様子をみて変に勘繰られたらいやでしょ?」
確かに奈々の言う通りだ。言い訳しないといけない理由はないが、会社で居心地悪い思いはしたくない。
「いっそほんとに付き合っちゃうって手もあるけどねー」
「あのねー…、流石にそれは…」
「どうして?18ならセーフじゃない?總子にそういう気持ちはないの?」
「無い無い!高校生だよ?!」
カップをソーサーに戻しながら、奈々は表情を改めて總子に問いかけた。
「大人としての責任、っていうのは分かるけど、奈々がいつまでも恋愛に踏み込めないのってそこね」
奈々のいつにない真剣な顔に、總子は少し緊張しながら答えた。
「踏み込めないっていうか…、興味がないから…」
「本当に?逃げてるだけじゃなくて?」
總子は、奈々の突き刺すような言葉にギクッとした。
「恋愛ってさ、確かに誰もがしなきゃいけないことじゃないし、ノリでするものでもないよね。でも一番自分が成長出来る方法の一つだと思う。好きな人と一対一で向き合うと、自分のダメなところとか弱いところが嫌でも剥き出しになるの。でもね、好きな人が相手だと、逃げるわけにいかない。必死で自分と戦うのよ」
少し微笑みを戻して、奈々は続けた。
「總子に足らないのって、そういう経験だと思う。いい機会だと思うよ。まぁ、相手の彼がどう思うかだけどね」
「そ、そうだよ…。私10歳も年上だし」
「別にいいじゃん、片想いだって」
そう言われて、總子は改めて己を振り返り、愕然とした。
自分は、片想いですら、誰かに恋したことがなかったことに。
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