九
そして、翌週から。
毎朝、ジュールは總子を赤坂駅まで送り、登校する生活が始まった。
一緒に電車に乗っている時間は15分足らず。しかも超満員電車で、押されたり流されたりで一瞬も気を緩められない。
会話を楽しむどころじゃない。目の前の總子と逸れないか、よからぬ輩に狙われないか気を配るのに必死だ。
それでも。
毎朝『おはよう』と微笑んでくれて、降りるときは『行ってらっしゃい』と言われる朝が、ジュールはたまらなく幸せだった。
―そんなこと言ってくれる人は、ずっといなかったしな―
自分の幼少期に思いを馳せるが、不愉快なのですぐに思考を止めた。
明日の朝も總子に会える。もうあんな怖い目には絶対に遭わせない。自分が守る。
そう思うと、平坦で暗いと思っていた自分の将来に、生活に、柔らかな陽が差し込んでくるように感じられた。
◇◆◇
今日も無事、定時15分前に自席に到着した總子。
(あの電車、週に1回は事故で遅延するもんね。今日も何もなくて良かった)
小さく安堵して椅子に座ると、隣の席の奈々が椅子ごと近寄ってきた。
「總子おはよー。…ねぇ、今日外ランチしない?」
朝からランチの相談なんて珍しいな、と思いつつ、特に予定はないのでOKする。
「んっふっふっふ~…色々聞かせてもらうわよ?」
「な、何のこと?」
同僚の不気味な微笑みに若干引きながら、気になる発言でもある。
「まぁまぁ、ここではなんだから。じゃ、ランチに!」
それだけ言うとジャッと音を立てて、奈々は椅子ごと自席へ戻った。
そして、昼休憩。
会社からほんの少し離れているので、他の同僚上司がいる可能性はほぼ無い、二人の秘密の相談時に利用するイタリアンで、注文の終わったところで奈々が切り出した。
「さて…、牧被告、これから聞くことに正直に答えなさい」
「ひ、被告?だから何の話ー?」
「とぼけるな!ネタは上がっているんだ!あのハーフっぽい美少年は誰なんだ!え?!」
ハーフっぽい美少年…。あ!
「毎朝毎朝まぁ一目も気にせずイチャイチャと…。あんた弟居なかったわよね、近所の子?親戚とか?」
「い、イチャイチャって、そんなことは…」
「總子のことだから人前でそんなことするわけないって、私なら分かるけど。でも男の子がさぁ、もう周囲の誰も近づけさせないように目光らせてる感じですごいよ。『俺のもんだー!』みたいなオーラ出まくり。普通にイチャラブカップルよ」
總子は奈々の話を聞いて絶句した。
まさか第三者からそんな目で見られているなんて…。
「あ、あの子はね、この前の痴漢騒ぎの時にたまたま助けてくれた子で…」
慌てて弁解する總子を尻目に、奈々は注文したパスタに手を付け始める。
「その話は聞いたけど。あんな子に助けられたなんて聞いてないなー?親友」
親友って…。
「それは…わざわざ言わなくていいかな、と思って…」
「で?それがきっかけだとして、なんであんなラブラブオーラ振りまくほどの関係になってるのよ。そもそも痴漢に遭ったの先週じゃん」
「うん、それなんだけどね…」
「まあちゃんと聞くから。とりあえず總子も食べたら?」
自分の分も提供されていたことに今気づいて、慌てて總子も食べ始めた。
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