七
都心のビジネス街も、数筋奥へ入れば瀟洒な住宅街が広がっている。
そして突如森が現れたと思ったら神社だったり。
普段の喧騒はどこへ、鳥の囀りと葉擦れの音以外聞こえない静寂が広がっていた。
数十分歩いたので、敷地内のベンチに腰を下ろす。
總子は、久しぶりに気持ちのいい汗をかいたような気がした。
少し疲れたが、さすがにジュールは元気だ。近くの自販機へ走って、お茶を買ってきてくれた。
「はい。冷たいうちが美味しいよ」
ありがとう、と受け取って代金を払おうと財布へ伸ばした總子の手を、ジュールはそっと止めた。
「いらないから」
そういって、スポーツドリンクを勢いよく飲み干した。
「静かだね」
「そうね」
神社には何か特別な空気が流れている気がする。その力を借りて、今なら言えそうだと思って、總子は件の話を切り出した。
「あのね、ジュールくん、聞いてほしいんだけど…」
ん?と總子を覗き込む彼に、正面から向き直って口を開いた。
「この前は、痴漢から助けてくれて本当にありがとう。あの時も言ったけど、ああいうことはよくあるの。でも、あんな風に助けてもらったのは初めてだった。びっくりしたけど…、でも本当に嬉しかったよ、あ、です」
「そんな、どうしたの改まって」
「うん…、それでね」
一つ深呼吸して、続けた。
「守ってくれる、って言ったでしょ、あの時。そして次の日、実行してくれた」
「うん」
「あれ、もういいから」
「……え?」
心底驚いたように目を見開くジュールに、總子はもう一つ深呼吸して、続けた。
「ありがたいんだけど…、痴漢って、犯罪行為でしょ。それを悪びれもなくやるような人って、逆切れすることもあると思うの。せっかくジュールくんが私のためにそいつを捕まえてくれたとしても、逆に暴力振るわれたり、まさかと思うけど名誉棄損とか言って訴えるぞ!なんて話になったら大変だから…。そんなことになったら、本当に申し訳ないから…」
こんな拙い説明でちゃんと伝わるだろうか。
正義感だけでは通用しない理不尽と、それ故のリスクがあることを伝えないといけない。
總子はそれが大人の自分の「責任」だと思ったから。
頑張ってそこまで喋って、ジュールが買ってくれたお茶に口をつけた。
その間もジュールは黙ったままだった。
(ああ、やっぱり傷つけちゃったかな…。そうだよね、せっかく親切を申し出てくれたのに、断られるなんて思わなかったろうな)
沈黙にいたたまれず、再び總子から声を掛けた。
「ジュールくん、本当にごめんね。でも高校生の君を危険な目に遭わせるわけには…」
いかないから、と言おうとしたら、ジュールが声を立てて笑い始めた。
(え…、え?)
「總子さん、そんなこと気にしてたの?」
そ、そんなこと??
「大丈夫だよ。そんなの、どうとでもやり返せるから」
「ど、どうとでも、って…」
「とにかく!大丈夫だよ」
立ち上がってうーんと背伸びをしながら、そう言って振り向いた。
「總子さんを守る。俺、そう決めたんだ」
木漏れ日が逆光になってジュールの輪郭を縁取る。
總子には、その瞬間、本当にジュールが「正義の味方」のように見えた。
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