總子が赤坂駅で降りるのを見届けて、ジュールは自分も学校へ向かった。

 朝から一つ使命をやり遂げて、気分がよくて仕方がない。

 手には、總子とID交換したばかりのスマホが握られている。

 ID交換をして、彼女の名が「總子」であることを知った。難しい漢字だから読み方が分からなくて首をかしげていたら「そうこ、って読むの」と教えてくれた。


 意気揚々と教室に入り、クラスメイトに朝の挨拶をしながら自席へ向かう。

 カバンを置いて椅子に座った途端、後ろからガシッと腕を回され、羽交い絞めにされた。案の定、工藤寛治だ。


「おっはよー、ジュールくーん。どうしたの?そんな上機嫌で?」

「ぐっ、ごほっ…。いきなり首絞めるなよ!びっくりするだろう」

「いーや離さん。そんなニコニコ顔振りまきやがって日比野高の王子が。さっきから女子が廊下に群がってるのが見えないか?!理由を聞いて来いと特命を受けてるんだ、さー吐け!何があった!」


 ニコニコ?…してたのか?

 まったく自覚のないジュールだが、実は總子と会ってからずっとそうだ。

 自分なりに笑顔の理由を考えようとして、無意識にスマホを取り出したら、總子から明日の待ち合わせについての提案メッセージが届いていた。


『明日、駅前に11時でどうですか?電車には乗らないから、改札は通らないでね』


 思わず更に大きく微笑むと、その変化を見逃さなかった寛治は後ろからジュールのスマホ画面を覗き見る。

「え?これ、女?相手女か?うわーー!王子が!ジュールに彼女が出来た?!」

「馬鹿っ、そんなんじゃねぇよ!っていうか勝手に見るなよ!」

「だってこれ、ん…なんて読むのかわかんねぇけど、女の子の名前じゃんか」

「女の子、じゃなくて女の人!…もういいだろ、いい加減にしないと本気で怒るぞ」

「わ、わかったよ…」

 寛治は慌てて腕を外し、ジュールから離れた。日仏ハーフのジュールは“王子”のあだ名の如くとても整った顔立ちをしている。普段は気のいい奴だが、美形が怒って無表情になるとかなり迫力があって怖い。


(しかし、あのジュールがねぇ…。どんな可愛い子も一切相手にしなかったのに。しかも女の人って、相手年上か?)


「工藤くん、工藤くん!ちょっと、王子から理由聞けた?」

 寛治に聞き取り調査指令を出したクラスの女子から結果報告を求められた。

「ん?…ああ、いや、別に理由はないみたいだよ」

 え~、ほんとにー?と言いながら鈴なりだった女子達は三々五々散っていった。


(年上女性にうっとりしてるなんて言えるかよ…暴動が起こるぜ)

 内心冷や汗をぬぐいながら、寛治は自分の胸に安堵が広がるのを感じていた。

(ジュールには、心が開ける相手が必要なんだよ…。それには同年代じゃ無理だ)


 寛治だけが知っているジュールの闇。

 そして久しぶりに見た彼の笑顔を思い浮かべ、「總子」という人物に少しだけ興味を持った。

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