#81 嫌悪



「前世犯の方が今はどんな生活を送っているかを特集しているんです」


 高柳の履くパンプスは歩くたび小気味よい音を立てる。対照的に、猪瀬の足音は静かだ。

 仕事の日は必ずスニーカーを履いて動きやすい服装を選ぶと決めている。閉店までいる日は帰宅時間が遅い。監視カメラはそこらじゅうにあるが、夜道を一人で歩くには心許こころもとない。誰かに追われても走って逃げられるようにスニーカーを選び、防犯ベルを携帯している。


 何かあってからでは遅いから、と父は幼いころから口を酸っぱくして言っていた。怪しい奴が狙うのは、お前みたいな大人しい子なんだから、とも。

 父は優しかったが、不在がちだった。実母は幼いころに亡くなった。家の全権を握る祖父と、その娘である継母に嫌われていた猪瀬はずいぶん肩身の狭い思いをした。食事を与えられなかったのも一度や二度の話ではない。経済的に継母の一家に依存している以上、父にも打ち明けられなかった。

 お父さん、私、前世で人を殺しているの。

 どうしても言いだせず、疎遠になった。唯一の味方である父に白い目で見られたくはなかったし、祖父や継母に知られたら父の立場も危うくなると思っていた。


 やってきたシャトルバスに乗りこむ。高柳は当然といったふうに隣に腰掛けた。乗客がまばらなのをいいことに、彼女はトーンをやや落として質問を続けてくる。


「チップ制を通して子どもたちの食事を支援していますよね? それはどういうつもりで始められたんですか?」

「あの、これって取材ですか」


 まくしたてるのを語気を強めて遮り、不快の念を眉をしかめて表した。

 だが彼女は少しも怯まず、それどころか口角を上げて笑みを深めた。

 おきなの面を彷彿とさせる笑顔。ただ「口角を上げただけ」の作為的な表情に見えた。


「すみません、了承をいただいていませんでしたね。猪瀬さんのこと、記事にできればなあって思ってるんですけど」

「困ります。前世が殺人犯だったなんて決めつけて話をするのはやめてください」

「事実でしょう。私、分かるんです。悪いことをした人が」

「は?」

「見えるんですよ」 ずいっと顔を近づけ、彼女は断言する。 「後ろめたいことをした人を見るとね、見えるんです。何をしたかが」

「出まかせは止めてください」

「稲荷神社の裏に面する道」

 高柳が囁いた。びくん、と身体が勝手に反応する。

「うどん屋さんの目の前にある団地の遊具の陰、白い小型犬を買っている平屋のそばに生えている杉の木に身を潜めては女性を怖がらせていましたね。彼女の家は外壁がクリーム色の2階建てのアパート。2階の右から4番目の部屋でカーテンは青色でした。昏倒させるのに使ったのは砂を詰めた靴下で、靴下の色は白。交際していたころに彼女があなたの家に忘れていったものですよね。報道では砂を詰めたと言われていますが、実際はあなたの自宅から少し歩いた場所に流れている小川付近で採った湿った土。犯行のあと、一晩経ってから靴下ごと川に流した。……ここまで言えば、信じてくれます?」


 小首を傾げてみせる高柳を、猪瀬はただ見つめることしかできなかった。

 凶器をどう処分したのかを正確に知るのは、自分しかいない。

 取り調べでは、その日履いていた靴下を使い、コンビニのゴミ箱に捨てたと嘘をつき通した。真実を言えば、計画性があったと見なされると恐れ、浅知恵が働いた結果だった。


 嘘やごまかしではない。この女は本当に、自分が過去に犯したことを一から十まで知っている。何かしらの手段を使って。

 足からみるみる力が抜け、時間差で震えが身体を襲う。

 下を向いて出した声は、予想以上にか細かった。


「分からないんです」

「何がですか?」

「なんで、あんなことをしたのか」

「ふふふ」細く高い笑い声が鼓膜に響く。「分からないわけないじゃないですか」

 ぼんやりと頭を上げる。AIによるアナウンスが次の停留所名を告げる。


「あれだけ長期間嫌がらせして『なんでか分からない』なんて虫が良すぎますって。都合よく忘れてるだけですよ。少しでも罪悪感を覚えたくないから、無意識に思考にブレーキをかけてるだけ。……いいですか。人間、ガワが変わっても中身は変わらないんですよ。今のあなたは、前世で人を殺したあの男と同一人物なんです。あの男の罪は、あなたの罪なんです。被害者やご遺族が生まれ変わっていても同じことを言えますか? 『なんで殺したか分からないんですぅ』って、言えます?」

 彼女は噛んで含めるように、ことさらゆっくりと発した。「猪瀬さん、前世で犯したことの重大さを理解してます?」

 まるでこちらが物分かりの悪い子どもだというような言い方に、猪瀬は必死に反論する。

「理解してます。反省もしてます。許されないことをした」

「反省しているなら、性犯罪やストーカーの被害者を救済するために活動するのがすじじゃないですか? 逃げてるだけでしょう。自分が前科者だとバレるのが怖いんですか? 差別されるのが嫌なんですか? 罪悪感に負けそう?」

「私に、そういった被害者の方を支援する資格はないと思って……」

「罪滅ぼしっていう大義名分があるじゃないですか。自分の過去を洗いざらい話して、罪を認めた人間が被害者支援するのと、素知らぬ顔して子どもを支援しているのでは世間の心証は違いますよ。今の状態で過去がバレたらどう思われるかを考えなかったんですか? 食事で子どもをおびき寄せて、なついた子を犯して殺すと思われるかも、って一度でも考えませんでした? 元ストーカー殺人犯の営む店に人が来ますかね? 支援された子どもたちは、あなたが元殺人犯だと知ってどう思うでしょう? あ、もしかしてバレないと思ってました? 隠し通せると思った? やり過ごして今世をこなせばいいと? いつまで周囲の人を騙し続けられますかね。ご両親には言いましたか? 恋人や友達と前世の話になったとき、どんな嘘をつきましたか?」


 連なる言葉に耳をふさぐ。細いが芯のある声が放つ言葉が、音を立てて心を切り裂いていく。

 店を立ち上げる前から何度も考えてきた。自分の店を持つ資格があるのか、子どもたちへの支援も結局は偽善に過ぎず、犯した罪の代償行為なのではないか。

 自分ひとりで考えているうちは、いくらでもいいように捉え直して考えることができた。

 だが、その気持ちですらも一般人にとっては甘えでしかないのだと知らしめられる。

 やはり自分は元犯罪者として世間から身を隠していなければならない存在だったのだ、生まれてきたことすらも過ちだったのだ。

 いくら見た目や性別が変わっても、根の部分は変わらない。犯罪者は犯罪者で、現に自分は隣に座るこの女の首を、力いっぱいに絞めたい衝動に駆られている……。


「私はね、猪瀬さん」 肩に手が乗せられる。高柳は耳元に口を寄せて囁いた。「意地悪したいわけじゃない。むしろ逆です」

「逆?」

「あなたが過去のことをきちんと懺悔すれば大丈夫ですよ。日ごろのあなたを知っている人はきっと分かってくれます。あなたが培ってきた信頼関係がどんなものか試す絶好のチャンスです。カミングアウトしてもこれまで通り過ごすことができれば、前世犯の過去を持つ人にとってあなたは希望の光になれる。同じように苦しむ人の力になれるんです。大丈夫、あなたのお店は有名じゃないですか。私も悪いようには書きません」


 甘言に騙されるなと脳が警鐘を鳴らす。

 いくら美辞麗句で飾り立てようと、犯した罪が美化されはしない。しざまに書かれ、街の人からそっぽを向かれるかもしれない。いま自分の周囲にいる人たちが、蜘蛛の子を散らすように離れていくかもしれない。

 しかし、断ったとしてもこの女が自分の過去をすべて知っているという事実もまた変わらない。秘密を暴かれるかもという思いが一生ついて回る。


「ずっと逃げていたいですか? 全てを隠して、誰にも言わずに、ずっとこのまま?」


 絶対に言いたくない。

 楽になりたい。

 どんな目で見られるか怖い。

 これほど苦しんだのだから、もう、許してほしい。


「許されたいですよね、そろそろ。もう何年苦しめられてきましたか? お辛かったでしょう、誰にも言えずに」


 後ろめたい。

 よく耐えてきたと褒めて欲しい。

 今のあなたは違うのだと肯定してほしい。


「あなたの声を届けましょう。大丈夫、きっとみんな分かってくれます」


 分かってほしい。

 今は、誰を殺してもいない。

 過ちを悔いている。

 私は悪人じゃない。


 店の最寄り駅にバスが到着するまで、猪瀬はただひたすらに横に座る存在へ芽生えていく感情を自制するばかりだった。


 この人を殺せばいいんじゃ? 

 ふと浮かんだ考えを払う。

 こんな恐ろしいことを考えているのは誰? 今の私? それとも、前世の私?


 知られてしまったからにはもう引き下がれない。平穏な日常は返ってこない。

 バスを降りて立ち尽くす猪瀬を尻目に、高柳はすたすたと店とは反対方向へ歩いていった。「数日のうちには載りますよ。お店の宣伝もばっちりですから」という言葉を残して。


 追いすがろうかと足が動きかける。目線は周囲を探り、大きな石やナイフが都合よく落ちていないかと探している。反面、そう思ってしまっている自分に嫌悪感を覚える。

 前世であれほど治療をして、今世でも同じ過ちは犯すまいとあれほど気をつけて生活してきたはずなのに、たった少しのあいだ話をしただけで、こんな気持ちを抱くなんて。


 私という人間には、人を殺したいという欲求が元から組み込まれているんじゃないか。

 いけない。実行してはいけない。

 あの人は狡猾だ。マンション前からここまでずっと、必ず監視カメラに映るようにしていた。何かあれば、疑われるのは私しかいない。


 ごうごうと思考が脳内を駆け巡る。そうして少し経ってから、猪瀬はよろよろと職場に向かって歩きはじめた。






 *****







「経過はどうですか」


 医師がパソコンの画面を見たまま声をかけると、患者はせきを切ったように話しだした。


「すべて上手く行っています。仕事も見つかりました。パートナーさんと会う機会はほとんどないのですが、指定された場所に行くと仕事をする気がぐーっとこみ上げてきて、楽しいです。クオリティの高い仕事をしている自負はあるんですよ。あの日梶井先生の治療を受けたおかげかもしれません。別人に生まれ変わった気分です、本当にありがとうございます」

「そうでしょう、そうでしょう。どれ、具合を見てましょうか。目を開けて」


 ペンライトで両目を照らされ、束の間、患者は眉をしかめた。


「うん、問題ないですね、順調です。なにか困っていることはありますか?」

「パートナーさんともっと仲良くなれたらと思うんですが、どうも避けられている気がして。あ、安田さんが紹介してくれたんですよね。あの人、なんであんなにオドオドしているんですか?」


 患者は後ろに控えている看護師を振り向く。名指しされた看護師はゆるく笑んだ。


「そうですかね? 私はそうは感じませんでしたけど。あなたの仕事ぶりに圧倒されているのではないですか」

「そうなのかなあ、確かに、組んだ初日はこちらの手際を見て驚いていましたけど」

 興奮気味に話す患者を、医師は微笑んで見つめ、口を開いた。

「仕事に励むのは結構ですが、安田に言われたことはきちんと守ってくださいね」

「約束? 何でしたっけ」首を傾げる患者の眼前に、医師はふたたび光を見せた。

「黒ずくめの服には注意する、です」

 かち、かち。ノック音とともに、光が明滅する。

「……ああ、そうでした。もちろん覚えています」

「なら良かった。次のお仕事は久しぶりでしょう? ご無理なさらず」

「お気遣いありがとう」

「では、また。帰りは安田が送りましょう」

「いつもすいませんね」


 看護師が先だって廊下に出、階段を下りていく。むっとした暑さが全身にまとわりつき、セミの鳴き声や歩行者用信号の音が患者を出迎えた。


「じゃあ、近いうちに私もお仕事の様子を見に行きますから」

「ええ、ぜひ」


 手を振り返して外に出る。目の前の信号がちょうど青になったので渡る。すれ違った人が好奇の目でこちらを見たのが気になった。横断歩道を渡り切ってから、患者はふと自分が来た方向を見た。


 自分が出て来たはずの場所には、瓦礫が山を作っていた。何かの建物を解体したあとのようだった。

 はて自分はどこから来たのだろうと立ち止まって考えたが、不思議なことに先ほどまで言葉を交わしていた医師と看護師の顔も名前も出てこない。

 だが、すぐに「そんなことはどうでもいいか。仕事をしなければ」と気持ちを切り替えた。


 端末を取りだし、パートナーの番号を呼び出す。患者が腕を振るう対象はすべて、パートナーが見つけてくる。ここ最近は目ぼしい人が見つからなかったせいで、しばらく仕事ができていない。仕事ができないストレスをぶつけてしまうこともあったが、状況は好転しなかった。ただパートナーが恐縮して詫びるばかりだった。


 次こそは見つけてきますから。


 熱心に言っていた姿が思い浮かぶ。

 果たして結果はどうだっただろう。空振りに終わっていようものならどうしてくれようか。コール音を聞きながら、患者は無意識に笑っていた。






 *****






『地域に尽力する男性巡査 盗撮犯の過去を乗り越えて』

『人気喫茶店店主の前世はストーカー殺人犯 罪滅ぼしの支援活動』



 食堂入り口の大型ディスプレイには、ニュースサイトで閲覧数が多い記事の見出しや映像がランダムで表示されている。二つの記事見出しが画面に踊るのを見て、神崎は目を疑った。

 思わず足が止まる。頭が思考を始めようとした刹那、聞き慣れた声が背後からした。


「今から飯?」

「中村さん」 慌てて会釈をする。彼は神崎が見つめていた文字列を読み、「ああ」と声を上げた。

「この巡査、三吉さんの同僚なんだと」

「沖野くんから聞きました。朝から抗議の問い合わせが山ほど届いてるって」

「暇人が多いもんだな。それだけ平和ってことかねえ」


 先に食堂内に入っていく中村の背を追う。彼は窓際のテーブル席で永田と小平が向かい合って食事しているのを見つけ、永田の隣に座した。神崎も挨拶して小平の隣に座る。

 蕎麦をすすっていた永田が咀嚼を終えて中村に話しかける。


「有給、今日じゃねえの?」

「明日だけ。明後日は朝早くから崎森さんのお供で本部。二日連続であちこち連れ回される」 

 ぐびぐびと勢いよく水を飲み終えた小平が口をひらく。

「中村さんが単発で有給取るの珍しですね。まとめて連休取ってるイメージ」

「そう?」頬杖を突き苦笑する中村。横から永田が口を挟む。

「明日はナツキの誕生日だから」

「あ、そっか。おめでとうございます。プレゼント何にするんですか?」

「明日買いに行く。一緒に」

「たくさん買わされそうですねえ」

「先週からずっと行きたい店リストアップしてる。もー嫌な予感しかしねえ」

「長時間コース確定じゃないですかぁ」

「荷物持ちと運転頑張りたまえ!」


 永田はわざとらしく肩を叩き、中村は分かりやすくげんなりした顔で答えた。

 注文しつつ聞き耳を立てていた神崎は、どうやら中村は明日、恋人のために有給を取るらしいという事実を脳内に組み立て、同時にやや意外にも思っていた。


 何か質問すればだいたい「いいんじゃない、適当で」と返し、凡ミスをしても「いっけね。ま、いっか。どうにかなるなる」で済ませる彼は、良く言えば鷹揚、悪く言えば何事にも頓着が薄い。すべてに対してそうだ。仕事に対して矜持を持って真摯に取り組むというより、合格ラインぎりぎりの仕事っぷりで適度にサボっている。何かにこだわるそぶりもない。

 二か月ほど前にも彼と食堂で食事をともにしたが、サーブしたカートに「中村隊員、今日はお誕生日ですね。おめでとうございます」と言われて初めて自らの誕生日を把握していた。

 にもかかわらず崎森に仕事を与えられようものなら「ちょっとー、俺きょう誕生日なんですけど」を大げさにアピールする調子の良さもある(「じゃあこれ、誕生日プレゼント」と倍量の仕事を与えられていた)。

 そのせいか、交際相手の誕生日すら「え、今日だった?」とすっとぼけて終わりそうな印象を持っていた。適当な人ほど程よい距離感で相手と接するから長続きしそうだし、大切な人の誕生日は覚えているタイプなんだろう、と中村に対する認識を静かにアップデートしたあたりで、中村と神崎のぶんの食事を運ぶカートが到着した。

 メインのチキン南蛮を一切れ取り、二人に尋ねる。


「須賀班は今日待機ですよね。午後は何を?」

「大村さんの付き添いで本部まで」小平が肩を落とす。「僕と三澤さんと中倉さんで行きます」

「やったじゃん、井沢さんに会えるかもよ」 中村も唐揚げを頬張り軽口をたたく。

「それは嫌です……すごく。とてつもなく嫌ですねえ……」

「三人で行くなんて珍しい。何かあるんですか」

「ニュースになってる前世犯の記事あるでしょう。猪瀬さんと警察官の。記憶研に『遡臓検査の結果が漏洩したんじゃないか』って問い合わせが来てるらしくて、それを否定する会見だか配信したり、関係省庁に説明したりするそうですよ」

「記事の内容はガセなんですね」

「いや、事実」中村が否定する。「二人の検査映像を見返して、大村さん、すげえ驚いてた。『よくこの映像からここまで詳しく書けたねえ、検査後に思いだしたのかな』って」


 沖野から電話を受けたネットニュースの記者が頭に浮かぶ。「どこにでもいそうな普通の女性」と彼は電話口で形容していた。


『ただ、なんとなく……自分だけが答えを知っている問答を仕掛けてくるような、そういう不自然さがあって』


 説明する彼の声色はわずかばかり不安げでもあった。

 猪瀬を案じていた彼が記事を読んでどう思うかは想像にかたくない。

 今ごろ猪瀬の店はどうなっているか。記事では店についてどのように描かれているのだろう、と、指が画面を操作したがるのを抑える。アクセスしたら記者の思うつぼだと言い聞かせる。代わりに、以前から気になっていたことについて尋ねた。


「漏洩じゃないとすぐ否定できるほどセキュリティが厳重なんですか? 遡臓検査の結果って」

「らしいですよ」と小平が返す。「今回みたいに、犯罪履歴を持つ人の映像は主任以上の人でないと閲覧できません」

「主任ってどれくらい偉いんでしたっけ。所長の次が室長で……」

「専門官、専門科長、研究員主任と続きます。データベースを抜き出すときはAIのチェックが入りますし、基幹システムにアクセスできる部屋も限られています。敷地内のどの部屋からアクセスできるのかは、閲覧権限のある職員と、1級以上の隊員しか知りません」

「部屋はそのものが減退弾みたいな作りで、室内じゃピリオドは使えない」中村が引き継ぐ。「アクセスするにも虹彩だの声紋だの取られるし、データベースから情報が洩れることはまず無いね」

「検査結果を閲覧した人が情報を漏らしたりは?」

「今回取り上げられてる二人の遡臓検査の履歴、今朝大村さんが見るまでしばらく誰も見てなかったんだと」

「……本人が記者に語ったか、記者が聞き出したか」

 思考を整理すべく口から漏れた考えに、永田が補足を入れる。

「それか、聞き出すまでもなく知ることのできる能力を持ってるか、じゃね?」


 猪瀬が公園で見せた様子が浮かぶ。

 彼女が自らの口でその過去を語ることはないだろう。

 問われても、答えないに違いない。となれば、相手の前世を知る能力を有する者がいるということになる。


 胸騒ぎがする。悪い予感がする。

 もし、自分の過去を見られたら。志賀新助の生まれ変わりだと喧伝けんでんされたら。

 あるいは、自分ではない誰かの、隠してきた過去が暴かれてしまったら。


 考え込む神崎を正気に戻すかのように、傍らに置いていた端末が鳴動した。発信者名を見、すぐさま応答する。


「お疲れ様です」

『やっほーカンカン。ごめん、ごはん食べてるとこだよね』

「何かありましたか」

『午後さあ、松川班ウチの手伝いに来てくれない? 法師には言ってある。詳しいことは合流したら話すから、昼休憩終わったら入り口集合で』

「了解です」

『ま、難しいことじゃないよ。ただの人探し』

「人探し?」

『そ、本部からのお達し。『前世犯の記事を書いた記者を捜索せよ』だってさ』



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