#74 煩悶

 念願叶って立ち上げた店。毎日ドアを開けるたび、猪瀬いのせ志保しほはひどく不安に駆られる。

 仕込みをしている調理担当たち、店内の清掃をしている学生アルバイトたちが、どんな目を自分に向けるのか。

 感情を声の裏に押しこめ、少し高い声で挨拶をする。

 

「おはようございまーす」

「おはようございます!」

「店長、今日は早いですね」

「掲示物を貼りなおそうと思って」


 ほうぼうから返ってくる声に安堵する。

 ロッカールームで肩を撫でおろす。良かった。誰も私が、元犯罪者だと気づいていない。元人殺しだと気づいている人はいない。

 手早く着替え、いくつか指示を飛ばしてからコルクボードの前に立った。

 子どもを支援するための上乗せ料金制とチップ制。立ちゆかなくなるのではないかという懸念は杞憂に終わってくれた。大半の客が賛同して出資してくれている。おかげで、多くの子どもたちが食事の機会を得ている。

 子どもたちの写真を眺めた。お腹を空かせた子が安心した表情で料理を食べているのを見るたび、店を始めて良かったと思う。自分がいつも腹を空かせ親の目をうかがっていた身として、これほど嬉しいものはない。

 出資した客たちのメッセージカードも眺め、きれいに掲示しなおす。コルクボードに、大人から子どもへのメッセージがいくつも並ぶ。


 『いっぱい勉強してください。』

 『辛いことがあったら、大人を頼りましょう。』

 『いつか、別の誰かに親切にしてあげてください!』


 気持ちのこもったメッセージの中に、猪瀬の目を引くカードがあった。


 『また来ます』


 そっと手に取る。5000円という安くない価格を出して行った青年。彼は、あれからたびたび店を訪れている。

 初日こそ部下を連れていたものの、以降は一人で訪れる。時間もまちまちで、たいがいはピークを過ぎた時間帯に入店し、食事ののちに読書をして帰る。5000円のチップを払い、「また来ます」とだけ書いて去る。

 河野はスタッフの間でも話題になっていた。顔のきれいな若い男がたびたび来店しては最高額のチップを払い、「また来ます」と書いて去る。おおかたのスタッフは「あの人は店長に気がある」と信じている。来訪初日に彼が猪瀬に話しかけていたのを幾人かが目撃していたせいだ。

 中には気を利かせて、彼が会計をしようとすると「店長、わたしオーダー聞きに行くのでお会計お願いします」と意味ありげな笑みを浮かべて頼んでくる者もいる。

 その気遣いを、猪瀬は真正面から受け取ることができない。

 愛想笑いを浮かべて頷き、カウンターに出て彼の目の前に立つたびに感じる視線。猪瀬はそれを感じると、店のドアを開く前のあの気持ちを思いだす。


 何か、悟られているんじゃないか。

 かつての「私」がしたことを、知っているんじゃないか。

 私の、思い出した過去の記憶を、彼は何らかの手段で知ったのではないか。

 国立記憶科学研究所の職員だったら、知るすべはあるかもしれない。

 私を監視するために来たのかもしれない。

 捕まえに来たのかもしれない。

 元犯罪者の営業する店だと、吹聴するために通っているのかもしれない。


 次々に沸きあがる猜疑心を理性で押しつけて、笑顔を浮かべて金額を述べる。手慣れたしぐさで彼は紫の色紙を提示する。スムーズに会計に5000円を追加し、礼を述べる。

 白いメッセージカードにさらさらと言葉をしたためる河野を注意深く観察しても、分かることは少なかった。

 部下がいる。働いている。職種は何だろう。ビジネスマン風ではなかった。会社勤めではないのか。愛想はあまり良くないから、接客業ではないと思う。

 うかがうに河野はメッセージを書き終え、すっと猪瀬の前にカードを差し出し、「ごちそうさま」と言い置いて店を出ていく。


 彼が初めて来た日、帰りがけにすれ違った土屋つちや梨帆りほは、店の前を歩いていく彼を窓にかぶりついて見ていた。その姿が見えなくなるまで「かっこいい!」と言いながら。それ以来すっかりファンとなったようで、来店時間が被ったときにはチラチラと彼をうかがっている。河野も気づいているに違いないが、さして気にする様子もない。

 小学3年生の彼女にとっては、初恋かもしれない。

 梨帆はあるとき、猪瀬に「コーノさんが読んでいる本を教えてほしい」と言ってきた。注文を聞くときに聞いてほしい。自分も読んでみたい、と。

 仕方のない子だと思いながら、実父の再婚相手とうまくいっていない彼女の身の上が頭をかすめ、少しでも力になりたいという気持ちがまさった。オーダーを取ったのちに、不自然にならないよう、つとめていつも通りの調子を装って聞いた。


『いつも、なんの本を読んでらっしゃるんですか?』

 彼はこちらを一瞥し、ひょいとブックカバーを外して表紙を掲げて見せた。

 ヘルマン・ヘッセの『デミアン』だった。


『店の名前を見て、昔読んだことがあるのを思い出して』


 彼はそう言い、何事もなかったかのように読書に戻った。確かに、店の名前は主人公の名から取った。

 ヘッセの作品は『車輪の下』のほうが知名度は高いが、猪瀬は『デミアン』のほうが好きだった。河野がかつて読んだことがあると聞き、振る舞いにどこか上品さがあり、理知的な雰囲気のある彼が読んでいるのはさもありなんと思った。

 梨帆に「りっちゃんには、あの本はまだ難しいかな」と耳打ちしてから、彼の言う「昔」とは、今世か前世かどっちだろうと考えた。


 ずっと、猪瀬は河野が気になっている。

 彼が、自分がようやく積み上げた夢の城を破壊する簒奪者さんだつしゃではないのかという恐れがある。そう思わせる何かが、彼にはある。

 同時に、こうして自分が店を持てているのも、過去をひた隠しにして生きているからに過ぎないとも思っている。

 かつて女子学生に付きまとい、誘拐し、性的暴行を加え、死に至らしめた者の生まれ変わりだと知られたら、いま自分に差し伸べられている手はどうなるのか。

 考えただけで寒気が押し寄せる。


 ふとした拍子に、人は自分の前世を話す場を与えられる。成人を迎えた子どもたちが遡臓検査結果を友達と開示しあうとき。井戸端会議で。噂話をするとき。凶悪事件に関する報道を見たとき。

 前世を思い出してから、猪瀬は慎重になった。下手に話題をそらすとかえって怪しまれる。かといって、架空の前世を作りあげ、ぺらぺら話しすぎてもいけない。矛盾のある表現をしてはいけない。

 覚えていないと曖昧に笑えばいい。今日は晴れて洗濯日和ですねえ、と言うのと同じトーンで言えばいい。


――実は私、前世の記憶があまりなくって。そうなの。覚えてないタイプみたいで。


 そうやってしのいでもなお、たまに、言ってしまいたいと思うこともあった。

「恋人が粗暴な振る舞いをするのだが、前世は犯罪者ではないか」とうたぐる投稿を目にしたとき。

「もし恋人の前世が人殺しだったらどうしますか?」という問いに「警察に突き出します。そして縁切り。犯罪者は生まれ変わっても性根は変わらないでしょう」と回答がなされ、多くの賛同が集まっているのを見たとき。

 スタッフたちが「今のお客さん、見た目はふつうなのに横柄でしたね」「ね。昔はそういう人だったんじゃない?」「昔って、ああ」「ヤクザとかさ、そっち系の」「なるほどね」と、どこか含み笑いをしているとき。


 私、前世で人を殺しています。

 女の子につきまとって、誘拐して、レイプして、殺しました。

 うっかりじゃないんです。殺そうと思って殺しました。

 無期懲役の判決が出て、ずっと服役していました。


 言ってどうなるのか分かっていても、毎日毎日、自分の過去が露見しているのではないかと畏怖しても、衝動的な欲求が浮かびあがる。

 親にも恋人にも言ったことがない過去。

 バレたら、不仲の両親は娘をどう扱うだろう。元恋人はマスコミに私を売るだろうか。ネットの住人たちは、かつての私の顔と名前を暴くだろうか。こうして来てくれている客たちは、今後もこの店に来てくれるだろうか。そもそも、スタッフは働き続けてくれるだろうか。

 河野は、どんな顔をするだろうか。


 考えはとめどなく渦巻く。ぐりぐりと、河野の綺麗な字が並ぶカードを、深くコルクボードに刺し留める。






 *****




「すいません、とつぜんお呼び立てして」

「いえ、休みだったので平気です。そちらは?」

「俺も休みです」


 猪瀬志保の営業する店からさほど遠くない場所のコーヒーショップで、神崎は沖野おきの伊織いおりと対面していた。彼からかつての部活仲間伝いに「会って話がしたい」と連絡を受け、連絡を取っていた。

 用件は連続変死事件のことだろうと踏んでいた。須賀の言っていたマッチの銘柄について、ちょうど沖野から連絡を受けた日に解析結果が報告されたところだった。

 マッチの銘柄は現在シェアの10%を占めるメーカーのもので、都内東部では主に量販店・アウトドア用品店・一部の個人事業主に卸されていると報告された。そのリストには、猪瀬志保の営業する喫茶店も含まれていた。

 ピリオドを表出するかの判断基準となる測定数値こそ標準以下ではあったものの、彼女は継続的な監視の対象として扱われ、持ち回りで尾行と監視をすることとなった。


 マッチの銘柄特定に先んじて行われた焼死体の司法解剖報告には神崎も立ち会った。「死体慣れしとけ」という崎森と中村の指示だったが、写真で見た焼死体は真っ黒で、かつて呼吸をし脈動を刻んでいたとは思いがたく、作りもののようだと率直に感じた。

 その場で、初めて藤村ふじむらはる医療専門官・塩原しおばら代助だいすけ医療専門官補佐と顔を合わせた。

 藤村は大きめのフレームの眼鏡をかけており、その下の素顔は俳優並みに整っているのが印象的だった。補佐役の塩原は年齢相応の男子大学生風であったが、発言や振る舞いは藤村よりも大人びていた。


 モニター越しに神崎を見、藤村は「あー、君が例の」と言い、塩原は「お噂はかねがね」と静かに会釈した。嫌な予感がし、恐る恐る問うた。


『噂というのは、どちらから』

『ん? 井沢さん』


 あっけらかんとした藤村の声に神崎は肩を落とした。青二才だのポンコツだのと好き勝手に言われているに違いない。おそらく、かなりの脚色を施されて。


 報告の場で、藤村は焼死体の状況について説明を加えた。隣で中村が補足を入れてくれたおかげで内容は飲みこめた。

 塩原補佐官の能力でピリオド使用反応を確認。焼死体は熱で筋肉が硬直し腕と足が持ち上がることでボクサーのような姿勢を取るのが普通だが、今回の遺体はその程度が燃焼温度・時間と比較して弱い。犯人の能力として推定される「相手を拘束する能力」は、おそらく被害者の絶命後も一定期間発動していた可能性がある。藤村は淡々と報告した。

 ピリオドは死んでしまえば自動的に解けるものだと思っていた神崎だったが、中村いわく範囲を指定して発動するタイプには死後も発動状態が続くこともまれにあるのだという。

 遺体の写真を見た。生前の面影を残すことない姿。身元はいまだ判別していない。写真を凝視する神崎に向け、塩原はもし実地でこのような遺体を発見したとしても、熱で骨が脆くなっているからむやみに動かすのは控えて欲しいと添えた。


『過去にいくつか、運搬中に身体が折れてしまった例がありますので』


 平然とした口調で告げる姿は冷血漢のように映ったが、途中で藤村が「なあ、君の端末鳴ってるぜ。井沢さんからだ」と声を掛けられるなり分かりやすく嫌そうな顔をし、はばかることなく舌打ちをして渋々出ていたのを見て急速に親近感を抱いた。



「あの、さっそくで恐縮なんですが」

 目の前で沖野がすまなそうに口火を切り、はっと我に返る。

「あの、敬語はやめませんか」 数度の邂逅のたびに思っていたことを告げる。沖野は照れくさそうに頬を掻いた。

「すんません。剣道すげえ強い人だってずっと思ってて、勝手に気おくれしちゃって。かえって気ィ遣わせますよね」

「そう言われると嬉しいですけど、今じゃ全然、先輩方に敵わなくて」


 謙遜抜きに話す。脳裏には数々の模擬練が映像で流れてゆく。崎森や松川、河野といった班長陣はもちろん、切り込み隊長を務める中村や東條、遠距離戦を主眼とする遠山や玉池、近距離戦が得意の中倉や三澤、小平に国見。いずれの面々にも完全勝利を収めたことはまだない。


 ――自分の能力を客観視しろ。君の物言いは防具をまとった全日本剣道選手権の上位入賞者にそこらで拾った木の棒を持って『勝負しろ』と言っているようなものだ。まずは同じ土俵に上がってこい。


 あまり考えたくない相手の言葉が一緒に浮かび、脳みそから振り払う。さっきちらりと思い出したせいかもしれない。


「じゃあ、気を取り直して」こほん、と雰囲気をとりなすように咳払いして沖野は話しはじめた。「連続変死事件。その後どうかな、と思って」


 やはり、進展を聞きたかったのか。

 職務上知りえた情報の取り扱いに関しては入隊当初にも座学でみっちり教わり、その後も折に触れては気をつけろと言われてきた。沖野と神崎が顔見知りだと知った崎森・中村両名からは、臨場の帰り道でも釘を刺された。(「警察には記者連中と繋がってる奴もいる。こちらしか知らない情報を絶対に漏らすなよ。やらかした時には耳と目と口をタコ糸で縫いつけて東京湾に沈めるからな」「崎森さん、ひと昔前のヤクザの脅迫みたいになってますよ。アンタ自分が国家公務員だってこと忘れてません?」)


「……悪いけど、俺から話せることはない」

 言葉を選んで慎重に告げたつもりが、思いのほか突き放した表現になってしまう。そっと沖野をうかがうと、彼は一瞬きょとんとした顔を浮かべ、それから手を横に大きく振った。

「聞きかたが悪くてごめん。情報を流してほしいって意図じゃない」

「そうなの?」

「なんか、俺ができることがあれば協力したいと思って。……ああ、どっちにしても怪しいよな」


 なんて言えばいいかなあ、と宙を仰いで言葉を探す彼のそぶりから、情報を得てリークしようといった不穏な空気は感ぜられず、真意が測りかねた。思い切って聞く。


「気になってる? 事件のこと」

「……携わったわけだし、もちろん早く解決してほしい。それに、マッチの銘柄が特定されたろ」

 マッチの件は、科警研にも試料が提供されたと聞いている。

 首肯すると沖野は続けた。

「あれ、犯人が持っていたものじゃなくて被害者が持っていた可能性もあるだろ。同じのを使う人を知ってる。その人も若い女性だから心配で」

「学生?」

「いや、喫茶店を経営してる。この近くで、先輩に連れられてよく行く」

「……なんて店?」自分の声が緊張を帯びたことを隠せなかった。

「シンクレール、って店なんだけど。行ったことある?」


 あるも何も。

 店長の猪瀬はこちらの監視対象に入っている。

 

 沖野は神崎の返答を待たずに続けた。

 シンクレールでは、昼のピークを過ぎると香を焚く。料理の香りを邪魔しないささやかなもので、会計カウンターで店主の猪瀬がマッチで火をつけている。

 今どきマッチなんて珍しいと沖野が声をかけると、彼女は笑って言った。「こういう、昔ながらのものが好きなんです。内装も、料理のテイストもそうですけど」と。


「店長……猪瀬さんも若いし、何かあったら怖い。気をつけるようには行くたび言っているけど」

「沖野くんが警官だってこと、猪瀬さんは?」

「知らないはず。自分から職業の話をしたこともない。けど、会話を聞かれていたら気づいているかも」


 機動隊員の彼は、警察官の制服ではなく私服を着ている。警察手帳を提示しない限り、警官だと気づかれはしまい。

 それがどうした、と言いたげな表情を浮かべた彼に「警察官が通っているなら安心かと思って」と濁した。猪瀬に疑いの目が向けられていることは話せなかった。


 沖野は、もとより神崎から有益な情報を得られることを当てにしていたわけではないようだった。その後は彼のほうから話を変え、とりとめのない話をした。ほとんどが学生時代の話で、ずいぶん神崎には懐かしく思えた。


 コーヒーショップを出る。通りは賑やかで人通りも多かった。

 交差点では長い黒髪を綺麗に編みこんだ若い女性が美容院の看板らしきものを持ち、女性を引き留めては「カットモデルを探しているんですが」と声をかけている。学生風の男がロードバイクで女性らを追い越した。サラリーマン風の男が端末で通話をしつつ神崎と沖野の脇をすり抜けていく。

 日差しがアスファルトに照りつけ、立っているだけでじっとりと汗ばむ陽気だった。明日からは天気が崩れるらしい。


「どうして、卒業を前倒しして警察官に?」


 信号が青に変わるのを待つなか、ふと気になっていたことを彼に聞いた。同じ時期に卒業しても良かったはずが、彼は一足先に部活を辞めて卒業し、警察学校に入学していた。


「思い出した、いろいろと」

「昔の記憶を?」

「そう」沖野は鞄からミネラルウォーターのボトルを取りだし、ひとくち飲んだ。「テレビのニュースを見て、ふと思い出して」


 沖野は口ごもった。話したくないことだろうと察し、赤く灯る信号に視線を移した。青に切り替わり、通りの向こうからいっせいに人が歩いてくるのを見て、マラソン大会のスタートのようだと思った。


「クラスメイトが殺されたんだ」


 足を踏み出したとき、隣の沖野がぽつりと零した。周囲に聞かせないようなほそやかな声だったが、神崎の耳にはかろうじて届いた。


「前世で?」彼が話しやすいようにと、なるべく声音を変えずに言った。

「そう、高校のとき。事件に巻き込まれて、クソみてえな男に殺された。通夜にも行った」沖野はそれから、声のトーンを一段落とした。「片思いの相手でさ。伝えないままで終わった」

「……」

「その子のことがきっかけで警察官になろうと思って、定年まで勤めた。誰かが死ぬ前に何とかしないと、って気持ちがあって。……その記憶を思い出したら、前世で警官やっている間に救えなかった人のことを思い出した。じゃあ今度こそ一人でも多くの人を助けたいって思って、それで居ても立っても居られなくて」


 横断歩道を渡りきる。

 かっこう、かっこう。鳥の鳴き声を模した電子音がやみ、青信号は点滅を始める。


「猪瀬さんのことも?」前を向いたまま問う。沖野は「いや」と否定した。

「恋愛感情じゃないよ。……でも、子どものために尽くす人だろ。あの店のおかげで、たくさんの子が救われている。俺のできる範囲で何とかしてあげたいとは思ってる。半分おせっかいだな」


 自嘲気味に薄く笑う沖野の横顔を、神崎はじっと見つめた。

 守ろうと思う猪瀬のかつての姿を知ってもなお、彼はその言葉を貫けるのだろうか。

 薄情なことを考えていると思い、小さく頭を振った。ぬるい空気がまとわりついて、ひどく不快だった。


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